田舎者なので都会の事情に疎いのです
私はさっそく父にアルブムへの輸出の件を相談した。
「なるほど……アルブムへの輸出か……。田舎貴族とはいえ国外よりもはアルブムの方が多少私にも付き合いはある。それに流行に敏感な貴族達には新しい茶は売れるかもしれないな」
「それにガイナディアの都で流行って話題になれば、ガイナディアの他の地方や海外にも注目を集めると思うのです。まずは都で売るための茶を作るのはどうでしょうか?」
父は眉間にシワをよせ難しい表情をした。
「狙いは正しい。だがアルブムで売れる茶というのはどんな茶だ? それをどうやって見極める?」
「まず今飲まれて、人気のある緑茶を取り寄せられませんか? それらを飲み比べればある程度アルブムの人々の好みがわかると思います。それからどういう飲み方をするのか、どんな場面で飲まれるのか。そういう生活の中の茶を知りたいです」
「……なるほど。アルブムで飲まれている茶を入手する事は簡単だ。アルブム行きの商船から少しわけてもらえばいい……問題はアルブムでの消費動向についての知識だな……マリア。ジェラルドはそれについて何か言ってなかったか?」
ティータイムでの雑談を思い返して考えてみる。
「確か……貴族達にとってお茶会は重要な社交場で茶も政治の道具だと」
「そうだ。茶の生産地であるロンドヴェルムと違って、アルブムで茶は高級品であり、貴族の飲み物だ。それに単純な嗜好品を超えた駆け引きの道具でもある。政治や社交を知らぬマリアにその機微まで想定して茶を選べるか?」
そう言われてしまうと困ってしまう。ただ美味しいだけではない。社交場でのお茶に何が求められるのだろう。目新しさ? 華やかさ? 優雅さ? 何となく華やかな世界を想像してみるが、それは私の空想であり現実のアルブムの貴族達の事は何も知らない。
「まあ……私が教えられればいいのだが、私もそこまでアルブムでの茶の流行に詳しい訳ではないからな……。マリアほど茶の善し悪しについて見極めも出来ない。ジェラルドが手伝ってくれればいいがな……」
「それは無理ではないでしょうか」
私は即答した。ジェラルドは働いたら負けと豪語するほど何もしない。ティータイムの雑談に軽い世間話程度はしてくれるだろうが、仕事の一環として色々教えて欲しいと言って素直に協力するとは思えなかった。
そこでふと気になる疑問が産まれた。
「あの……父様よりもジェラルドはアルブムの事に詳しいのですか?」
何気なく質問すると、父がわずかに動揺して見えた。父は私の知らないジェラルドの事情を何か知っているのだろうか?
「いや……旅人だというなら、アルブムにも行った事があるだろう。それなりの服を着ているのだから、それなりの身分だろうという推測だ」
それは私も想像していた事だが、父がそんなに曖昧な事で、自分よりジェラルドの方が詳しいなどと判断するだろうか?
何か腑に落ちない物を感じたが、父はそれ以上話してはくれなかった。とりあえずアルブムで今人気のある茶を調べて取り寄せる事だけ頼み話は終わった。
その後私はダメ元でジェラルドに聞いてみた。アルブムの貴族達がどのような場面でお茶を飲み、どういう物が求められるのか詳しく教えてくれないかと。しかし……。
「それって仕事でしょ。僕は働きたくないよ。それに僕がアルブムにいたのは何年も前だからなぁ。また流行とか変わってるかもね」
あっさり断られた。まあ想定内だけど。
「僕はいつも通りマリアの活躍を見守ってるよ。仕事を頑張ってるマリアが好きなんだ」
軽い笑顔とともに、役に立たない応援された。でもそれが嫌じゃなかった。
自分の仕事を認めて見守ってくれる人がいると思うとやる気がでてくる。
もとから当てにしてなかったから仕方ない。しかし困った。消費者を知らずにどうやって好みのお茶を選べばいいのだろうか?
困っていた所キースがこんな事を言った。
「貴族でなくても、貴族と付き合いのある商人なら多少は分かるのではありませんか? アルブムへ交易に向かう商人ならロンドヴェルムにも多く滞在していますし」
なるほど。商売の事は商売人に聞くのが一番かもしれない。
さっそく茶を取り扱う商人を探しに行った。港で噂を集めていた時に、一人の商人を紹介された。
「おや……お嬢さんお久しぶりですね。改めまして私はハンス・ウォルフと言います」
それは以前私が初めて茶を売った若い商人だった。ハンスは若いながらになかなか仕事のできる商人だった。
「どうも……」
「ああ……貴方が有名な『茶師の姫君』でしたか。まさか貴族のお嬢様が自分で茶を売ってるとは思わなくて、失礼いたしました」
相変わらず人当たりのいい笑顔を浮かべている。しかし初めて会ったあの時よりもわずかに笑顔に鋭さがあった。
それはお茶売り娘として侮りはなくなり、本気の商売人としての顔を見せた瞬間だった。
「ご相談があります」
慎重に言葉を選ばなければいけない。そんな緊張感を感じながら、私は話し始めた。




