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茶師の姫君〜異世界で紅茶事業を始めました〜  作者: 斉凛
第1章 ロンドヴェルム編
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前世の話を聞いて欲しい

 私の前世での名前は川原真理亜。32歳、独身、彼氏なしでしたが何か?

 紅茶愛があればそれだけでいいじゃない。そんな仕事に生きるアラサー女子でした。

 私に転機が訪れたのは、茶葉の買い付けで行ったスリランカでの事。

 買い付けだけでなく、茶園見学や、製茶工場を見たり、紅茶に関する色々な事を勉強できるのが私は楽しくて仕方がなかった。


 そしてその日も霧も晴れない朝早くから、茶畑を見ようと山道を登っている所だった。霧で視界が悪かったのと、足下がぬかるんでたのがいけなかった。

 歩いている途中で不意に足を滑らして、崖下へと転がり落ちて行く。記憶にあるのは転倒する瞬間まで。目をさますと私は不思議な空間にいた。


 雲の上のようにフワフワと柔らかく白い地面。霧がかったぼんやりとした光景がどこまでも続いて行く。現実感のない光景にぼんやりしていると、背後からからからと何か音がした。


「おや、やっとおめざめかい」


 振り向くとゆったりとした緋色の衣を着た老婆が、糸巻きを回していた。数えきれないほど多くの糸巻きを、絡ませる事も止まる事もなく正確に巻いて行く。

 器用に手を止めずに私を見ていた。


「ここは……」

「ここは神々が住まう天上の世界。本来は人間であるおまえさんが来るべき所ではないよ」


「それって……私……死んだんですか?」


 崖下に滑り落ちて、そのまま大けがを負って死んでしまったのだろうか? 恐怖に身をすくませる。


「まだ死んでない……まだね。じゃがおかしいんじゃ。じゃから今妹が確かめに行っている」

「おかしい? どういう事ですか」


 私が問いかけると、糸車を巻いている老婆の後ろから、紫紺の衣をきたそっくりの顔立ちの老婆が現れた。手には毛糸玉を持っている。毛糸玉の先は地面へと垂れ下がり、その下へと繋がっていた。


「我が名はクロト、そこで糸を巻いているのが妹のラケシス。そしてその下にもう一人アトロポスという妹がいる我ら三人は運命の3女神と呼ばれているのじゃ」

「運命の3女神……」


「人の命の長さはこの糸と同じ。我が糸を紡ぎ、ラケシスがその糸を回し、アトロポスが断ち切る。そうやって人の運命は決められている。そして川原真理亜。お前の寿命はまだこれだけ残っている。ざっと50年分ほど」

「じゃあ……私は生きて戻れるのね」


 二人の老婆は私の期待を裏切るように悲しげに告げた。


「戻れれば……じゃな」


 不吉な言葉の意味を問おうとしたその時、足下から漆黒の衣に身を包んだ老婆が現れた。


「アトロポスどうじゃった」


 クロトは毛糸玉を持ったまま厳かに問いかけた。


「現代の医療技術では修復不可能じゃった。あれでは無理じゃ」

「ならば仕方がない。アトロポスやってくれ」


 クロトは毛糸玉を指し示した。その毛糸玉の先は下へとのびている。その先をたどると下界の様子が見えた。無惨に血を流して倒れる私の姿があまりにグロテスクで、思わず口を覆った。

 アトロポスが背中にしょっていたはさみを取り出して、その毛糸玉を切ろうとした。


「待って! もしかして……私……糸を切ると死んでしまうの?」

「そうじゃな」


 アトロポスはなんのためらいもなく答えた。


「嫌! 死にたくない。なんとかしてよ。神様なんでしょう」


 三人の老婆は困ったように顔を見合わせた。


「何とかしろと言われても、体があの通り壊れてしまっては、魂を戻しても生き返らぬ。魂の寿命があるのに、なぜ死んでしまったのかわからぬが仕方がない事じゃ。諦めるのだな」


 アトロポスは無情にそう言って、今度こそためらいなく毛糸玉を切った。


「ひどいよ。なんで私何にも悪い事してないのに……」

「可哀想だがどうにも出来ぬ。せめて生まれ変わる先をもっとも幸運な場所に紡いでやる事しか出来ぬな」


 クロトはそう言うと、私の胸に手を当ててするすると糸を紡ぎだした。


「そなたにあらたな命を授けよう。新たな世界で、もう一度人生やり直すがよい」


 クロトの言葉が耳の中にこだまする。私は急に眠気に襲われて倒れ込んだ。

 そうこの時私は一度死んだのだ。川原真理亜は死んだ。



 次に目を覚ました時見知らぬ部屋だった。手を持ち上げるのもひどく重たい体。よく見ると自分の手が紅葉の葉のように小さかった。

 私の隣には美しい女性がいた。銀色の髪にアメジストの瞳。まるで西洋人形のように美しい女性。その人が何か言った。しかし見知らぬ言葉だったために、理解できない。

 反対側から黒髪の男が私の顔を覗き込んで何か言っていた。二人とも私に向けてとびきりの笑顔を見せている。

 のちにこの二人が私のこの世界での両親だと知るのだが、その時の私は何も知らなかった。


「私は真理亜。真理亜よ」


 私が初めて語った真理亜という単語を両親は私に名付けてくれた。おかげで私のこの世界での名前もマリアとなった。

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