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茶師の姫君〜異世界で紅茶事業を始めました〜  作者: 斉凛
第1章 ロンドヴェルム編
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可愛い我が子の成長を素直に喜べないのはなぜだ

今回は父視点です。

親バカ炸裂しています。

 書斎のソファに座る真剣な表情をした我が娘を見て目を疑った。普段は大人しく無口で聞き分けの良い子と思っていた。お茶の話をする時だけ、おしゃべりになり可愛らしい笑顔を見せる姿が愛らしい。そんな可愛い娘。

 だが今目の前に座るのは、娘としてではなく、まるで臣下の報告を聞くような緊張感が感じられた。

 マリアの座るソファの後ろに立つジェラルドもまた普段よりも真剣な表情をしていた。その瞳は好奇心で光り輝いている。マリアがこれから何を言うのか、この男も気になっているのだろう。

 

「今日は娘としてではなく茶師としてお願いがあります」

「なんだい……いきなり改まって」


「私も少しは学びました。紅茶が貿易できない理由は、信用がないから。そして信用を落としている原因の一つは市場に出回る粗悪品のせいそうですよね」

「その通りだ」


 この前まで商売どころか街に出た事もなかった娘がなぜここまで成長を遂げたのか。後ろにいる男が吹き込んだのか? しかし付け焼き刃の知識で語っているようには見えない。

 確かに今マリアは自分の言葉で主張していると感じられた。


「しかし市場から粗悪品を締め出す事はできません。質は悪くても安い茶はこの街の民の生活必需品となっている。質の保証と民の楽しみ。両者を両立させなければいけない」

「そこまでわかっているのか……では聴こう。お前の願いはなんだ?」


「紅茶のお墨付き、領主保証制度の確立です」

「領主保証制度?」


 聞いた事もない話だ。しかし確信を持ったマリアの姿に親としてではなく、領主として初めて興味を持った。


「まず役人が紅茶を味見して公平な判断で紅茶の格付けを行います。そして高い値で輸出できると判断したものだけ、領主が紅茶の質を保証をし、そのお墨付きをつけて販売を許可します。お墨付きがなくても今まで通り茶の販売はできます。ただお墨付きがある方が高値で売れる保証がありますし、買う方も茶に問題があった時に堂々と領主に抗議できます。つまり質の高い茶と安い茶の差別化です」


 思わず唸る提案だった。後ろに立っているジェラルドも驚いた表情をしていた。つまりこれはマリアが自分自身で考えだした提案なのだ。

 甘やかして育てた世間知らずの娘と侮っていた。自分の娘だという事を忘れ、厳しく吟味しなければいけない。


「お墨付き欲しさに審査には良い茶葉を出して、売る時は粗悪品を出したり混ぜものをする者がいたらどうする」

「定期的に味をチェックし、質が落ちればお墨付きを剥奪します。また不正が発覚した生産者には販売停止など厳罰を与えます。茶を扱うものとして、茶の信頼を損ねるプライドのないものは入りません。また紅茶税をわずかに徴収し、保管しておいて、買った商人から茶の質に対する抗議がきた時の賠償金にあてます」


「領主保証制度を実施しても、商人が安心して購入してもらえるかわからぬ」

「公開品評会を行い、茶園の生産者は自慢の茶を出品し、商人は自由に試飲して回る領主公認の場を設けます。商人の中で気に入って直接交渉したいものはその場で商談。後日買い付け交渉にも応じます。品評会で審査員が順位をつけるのもいいでしょう。生産者も励みになりますし、商人も買い付けの目安にできます」


 まるで私の問いがあらかじめわかっていたように、スラスラでてくる回答に舌を巻いた。

 練りに練った案だという事だ。マリアのいう事がすべて上手く行けば非常に素晴らしい提案だ。

 だがそれを実際に実行し行動するには方々に根回しも必要だし、下準備に時間がかかる。大事業になりそうだ。


「すでにこの提案について、茶園主側、商人側双方から意見を集め、概ね好評をえています。その意見をまとめた書類も用意してます。どうぞご覧ください」

「意見をまとめて資料まで用意したのか?」


 差し出された書類は実によくまとまっていて、現場の細かい要望まで丹念に広いあげていた。

 隙がないほど完璧な仕事だ。知らないうちに娘がこれほどまでに成長している事がなぜか素直に喜べなかった。

 いきなりマリアが遠くに行ってしまったような、まるで見知らぬ他人になってしまったような……。


「お父様……何か問題がありましたか?」


 その時やっとマリアが年頃の娘らしい、頼りなく不安そうな表情を浮かべた。自分が娘を不安にさせるほど、感情を表に出してしまったと気づきため息をつく。

 これぐらいの事で動揺するとは情けない。ここは娘の成長を喜んで、誉めるべきなのに。


「嫌……よくできている。まだ詰めなければ行けないところはあるがいい案だと思う」

「それでは……」


 期待に満ちた目でマリアが見守っている。愛娘の可愛いワガママなら、すぐに実行したい所だが、私情に流されて判断を誤っては行けない。

 しばし目をつぶり懸案時頃を考えてから答えた。


「実現に向け前向きに検討する」


 歯切れの悪い回答だったが、マリアは満足したようだ。分かりやすく嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます。お父様」


 嬉しくて落ち着かないという調子で慌てて立ち上がり、一礼して部屋を出て行った。

 その後を続こうとしたジェラルドを引き止めるように、声をかけた。


「あの子に何をした……」

「何も。いつも通り見てただけだよ。まさか自力でここまで考えつくなんて僕も予想外だ」


「マリア一人の考えなのか? 本当にあのマリアが……」

「予想の上を超える子だよね。紅茶なんて新しいお茶を発明したり、新しい商売方法を思いついたり……これはますます田舎に埋もれさせるのがもったいなくなる」


 その言葉に大切な娘を奪われる焦りを感じ思わず立ち上がった。


「待ってくれ! マリアを連れてかないでくれ」


 ジェラルドはニヤリと軽薄な笑みを浮かべた。


「前にも言ったはずだよ。僕は今ただのジェラルドだし何もする気はない。でもね……」


 そこでもったいつけるように言葉を区切る。笑みの中で青い瞳が鋭く私を射抜き捕まえた。


「あの子はまだまだ化けるよ。他の人間が止めても、自力で世界の大舞台に飛び立つかもしれない。それでも娘が可愛いなんてつまらない理由でこの地に閉じ込めておくつもり?」


 マリアが自分の意志で自分の手元から離れる。それはとても寂しく身を切られる思いだ。しかし親のワガママで埋もれさせるにはあまりに惜しい才能だ。


「どうして……。普通の娘に生まれてくれれば平穏無事な人生をおくれるのに……あの子の前に立ちはだかる物は大きく、背負う荷物はあまりに重い。それを思うと……」


 ジェラルドはいつもの軽薄な笑みを抑え、マリアの座っていた席に視線を落とす。まるでまだそこにマリアがいるかのように。


「マリアは想像以上に強いよ。それに彼女がどこまで化けて何を成し遂げるのか、その先を僕は見てみたい」


 ジェラルドの目は輝いていた。それはただの好奇心ではなく、本当にマリアに惹きつけられたのだろう。

 彼がすべてを捨ててこの地で自堕落な日々を送っている理由を噂には聴いている。

 軽薄な笑みという仮面の下でどれほど人生に絶望していた事か。だがマリアがこの男の心を捕らえて変えた。

 きっとこれからもマリアは、多くの人間の気持ちを捕らえていくのだろう。時には利用され翻弄されるかもしれない。


 それでも願うマリアを愛する人間達が守ってくれる事を。潰されず大輪の華を咲かせる娘の姿をみたいと思った。


「そうだな……あのマリアが活躍する姿を私もみたい……」

「ならマリアを支え導けばいい。父親なのだから」


 ソファに深く座り直し、うつむいてため息をついた。


「いや……もうすでに私の手に余る子だよ」


 私の言葉を聞いてジェラルドは高笑いをあげた。


「何がそんなにおかしい」

「だってただの親離れなのにそんなこの世の終わりみたいな……」


 そうただの娘可愛さの感傷……しかしそれを笑われて思わずじろりと睨んだ。


「そうだ。うちのマリアは世界一可愛いんだ。何が悪い。お前みたいな悪い虫に可愛い娘なんてやらんぞ」


 睨んだと言うのにジェラルドは嬉しそうに微笑んだ。


「僕にそんな事いうなんて……だから僕は貴方達親子が好きだよ」

「好かれても嬉しくない」


 嫌々言ったのに、ますます嬉しそうな笑顔を浮かべた。まったくこの天の邪鬼にも困ったものだ。

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