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茶師の姫君〜異世界で紅茶事業を始めました〜  作者: 斉凛
第1章 ロンドヴェルム編
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茶は誰の物?

 家に帰って一人反省会をしながら考えた。

 紅茶の質と信用の問題は地球にもあった事だった。紅茶に詳しくない人でも聞いた事があるだろうダージリン。あれはインドのダージリン地方で取れるから、ダージリンなのだ。

 世界で最も有名で、人気があって、そのため高値で取引されている。それなのにスーパーやドリンクバーのティーパックにまでダージリンの名前の茶がある。

 それはダージリン産でない物にダージリンと付けたり、他の産地と混ぜてかさまししたりしてるからだ。

 そういう香りも味もないダージリンを飲んで、「ダージリンってこんな物」と誤解している人のどれだけ多かった事か。私が本物のダージリンを試飲で出す度に、客は驚いていた。

 入れ方が上手いから、プロが入れたから、と思いがちだが、紅茶は茶葉の質が8割。元が悪ければプロも素人も関係ないのだ。

 本物の味を消費者に届けて、信用を得る事は本当に大変なのだ。


 ではロンドヴェルムで出来る事はなんだろう。しばらく考えて一つのことわざを思い出した。『悪貨は良貨を駆逐する』粗悪品が出回るから、良品が売れないなら、粗悪品を摘発し販売を中止させて良品のみを市場に出せばいいのではないだろうか?


 私は一晩かけて考えた事を朝食の時にジェラルドに聞いてみた。なにもできないヒモのように見えて、この男は世界を旅して来たのだ。色んな街の状況、政策、特産品に詳しいのではないだろうか?と思ったからだ。

 私の考えを最後まで聞いてジェラルドは珍しく渋い顔をした。


「その考えはどうだろうねぇ……」

「なぜ?」


 ジェラルドは言葉を探すように腕を組んで悩んでいたが、しばらくして頭をかいた。


「これは実際に見た方が早い気がするな……今日時間ある?」

「ええ……」


「じゃあ今すぐ出かけよう」

「え? 今!」


「邪魔が入らないうちにね」


 そう言って意地悪そうに微笑むジェラルドは、私の腕を取って歩き始めた。丁度キースが食後のお茶の用意に席をたっていたのだ。なるほど……キースを連れてきたくないのね。

 勝手に抜け出したと知ったら怒るだろうな……。心の中でキースに謝罪しつつ、私はジェラルドが反対する理由が気になった。



 ジェラルドが連れて来たのは街の中心部。人々が忙しそうに行き交い、露天商や屋台がでたり、子供達が元気よく走り回ったり、荷車を引く男が通り過ぎたり、この街の人々の生活の縮図のような場所だった。


「アレを見てごらん」


 ジェラルドが指差したのは屋台の一つ。コップに飲み物を入れて販売しているようだ。男も女も大人から子供まで、小銭を持って買いに来ている。

 ジェラルドは私の手にわずかな硬貨を握らせた。それはこの土地ではもっとも価値の低い硬貨だった。


「これで2杯分買って来てくれない?」


 言われるままに屋台に近づく。近づいてみて気づく。甘いミルクの匂い。乳白色に少しの茶色が混じったそれを大鍋でたっぷりと作っていた。


「いらっしゃい。お嬢さん」

「……2杯ください」


「あいよ」


 私が硬貨を差し出すと、粗末な器に2杯飲み物を注ぎ手渡してくれた。その時懐かしい事を思い出した。インドに買い付け旅行に行った時に見た、町中のチャイ売り。暑いインドでは水分とカロリーの補給によくチャイが飲まれていた。日本ほど水が安全でない国では、煮だした茶の方が安全な飲み物なのだ。


 ジェラルドの方に1杯差し出して、自分の分に口を付ける。正直あまり美味しくなかった。甘ったるくて紅茶の香りもなくて、粗悪なお茶をミルクと砂糖でごまかされたのだろう。それでもジャンキーな飲み物というか、不思議と心惹かれる味だった。


「この街ではこういうお茶が生活の中にとけ込んでるんだ。それが出来るのは安い茶があるからだよ。粗悪品を取り締まって、排除してしまったら、もうみんなこのお茶を飲めなくなってしまうだろうね」


 ジェラルドの言葉が耳に痛い。美味しければ高かろうがいいというのは、贅沢な考え方なのだ。こうやって日常的に子供がおやつ代わりに飲める茶も必要不可欠なのだ。


 それに私は美味しいお茶を求めるばかりにコストという事や生産性の事を失念していた。何も生産者は悪意を持って質の悪いお茶を作っている訳ではない。

 製造過程で厳選してふるいにかけて、良品を選りすぐった残りだったり、シーズンオフでどうしても味や香りに力のないお茶も出る。そういうお茶を庶民に安く提供する事が悪ではないのだ。


 安く庶民が楽しむお茶と、交易で取引するような上級品の間には格差が激しい。それをどう共存させて発展させて行けばいいのだろうか?

 なるほど……難しい問題である。やり手の父がなかなか出来ないというのもしかたがない。それでも思う。

 なんとかできないだろうか。私には前世の記憶がある。知識がある。これをいかしてもっと多くの人に紅茶を届けたい。


 家に帰った後案の定キースにたっぷり怒られたが私は上の空で考えていた。安い茶葉も高級な茶葉も、需要に応じて提供できるシステム作りを。

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