商売は甘くない
ロンドヴェルムのために私が出来る事……それはやっぱり紅茶しかないと思った。都にコネとかなくても、ロンドヴェルムの港を経由して商人が行き来しているなら、紅茶を売り込んでみよう。
気に入ってもらって少しでも紅茶が広まれば……ロンドヴェルムで今期一番美味しい紅茶を作った茶師の茶葉を持って、私は初めて港を訪れた。
内陸の市場とはまた違う喧噪だった。賑やかでありながら、こちらはどこか緊張感が漂う。商人達の売り買いも本気の商売なのだ。百戦錬磨の商人達の中で尻込みしそうになる。
「お嬢様。大丈夫ですか?」
気遣わしげにキースが声をかけて来た。私はそんなに動揺して見えただろうか? 前世では若いなりに紅茶販売を仕事にしてたのに、今更商人を怖がってどうすると自分で自分を激励する。
「箱入りお嬢様の商売か〜。どうなるか楽しみだな」
人のやる気に水を差すようにのんきな声が聴こえてきた。手伝う気もないのに、なぜかついて来たジェラルドは、少し離れて私達の様子を見守っている。
そののんきな姿を見る度に逆にやる気が出て来る。絶対成功して驚かせてやる……と。
「紅茶いかがですか? ただいまお試しで試飲も行っています。味見だけでもいかがですか〜」
張り切って声を張り上げてみるが、みんな気にもとめずに通り過ぎて行く。最初は仕方ないと思っていたが、何日たっても状況は変わらなかった。
しかもたまに立ち止まったと思ったら「紅茶ってお茶が腐った不良品だろう」なんて言う人がいるぐらい。本当にまったく相手にされていない。
せめて一口飲んでもらえれば、この良さが分かってもらえれば、絶対に買ってもらえるのに。
悔しげに俯いたその時ふいに声をかけられた。
「こんな可愛らしいお嬢さんが商売とは……しかも紅茶ですか……。面白いですね」
見上げるとそこにはまだ若手の商人風の男が一人立っていた。穏やかに微笑んでいて人当たりが良さそうだ。やっとまともに取り合ってくれそうな人が現れたと思い嬉しくなった。
「今お茶を淹れますので、試しに飲んでみて下さい」
キースに手伝ってもらいながら、その場でお茶を淹れさしだす。若い商人はそれを受け取って香りを嗅いだ。すっと真剣な表情になる。一口すすってよく味わっている。
「いい香りだ……。それにしっかりとした味わいと心地よい渋み……。美味しい……」
しみじみと呟く言葉に嬉しくなって舞い上がる。
「そうでしょう。どうですか? 紅茶を仕入れて……」
「しかしこれはまだ商売にできませんね」
「え……どうして? 美味しいって言ったのに」
若い商人の言葉に戸惑うばかりだ。美味しいとこの紅茶の価値を認めてくれたのに、どうして商売にならないのだろうか。
「確かにこのお茶は美味しかった。でもそれは飲んでみないと分からないでしょう。紅茶とは美味しいものばかりですか? 私はこの街の食事所で紅茶を出された事があるが、香りも味もなく、色がついたお湯みたいなものだった。貴方の売る茶葉が確実に美味しいかどうか、わたくしには見極められない……だから商売にならないのですよ」
若い商人は微笑んでいた。笑顔で言ってるのだ。私を信用できないと。初めてあったばかりの自分を信じろというには厚かましすぎる。むしろこの人は親切だ。私に付き合って茶を飲んで商売にならない理由さえ教えてくれる。
商売は信用が命。そして紅茶は飲んでみないとわからない。だから誰も見向きをしないのだ。
「皆が古くからある茶の名産地ばかりもてはやすのは、何も箔を付けたい訳じゃないのですよ。長年その土地が美味しいお茶を提供し続け、客達を満足させて来たからです。そういう信頼を築きあげないと商売は成り立たないんですよ」
「よくわかりました。教えていただいてありがとうございます」
私は頭をさげて礼した。すると若い商人は穏やかに微笑を浮かべて言った。
「まあ商売にはなりませんが、個人的に気に入りました。家族に土産として少しわけていただけますか?」
「……ありがとうございます」
私は震える手で少量分の紅茶を袋に入れて商人に渡した。謝礼にもらった硬貨が一枚。初めての商いで得た対価。でもそれはほろ苦い味がした。同情……? こんな女が商売しているから哀れんだ? そうただそれだけ……。商売は甘くない。
商品が美味しければ売れるという問題ではないのだ。
私は自分の甘さを噛み締めてその日は家に帰った。帰り道二人は何も言わなかった。きっと気遣ってくれたのだろう。
ああ……本当に私は箱入りのお嬢様だ。こうやって周りから守られて甘やかされて育って。現実が分かっていない。
それでもみんな何も言わずに付き合ってくれる。優しい周囲に嬉しさと同時に悲しさを感じて、涙がこぼれそうになった。




