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エピローグ後編

 アルブムについたその日は、お茶会が終わったら自室ですぐ寝た。長旅で疲れたし、ジェラルドはまだ終わらない仕事に追われているようだから。この1ヶ月、久しぶりの休暇だと思ってのんびりしよう。


 翌日、私は茶畑に向かった。アルブムから日帰りで行かれる所に、小さな茶畑がある。普段は近くの農家の人に手入れしてもらってるんだけど、私の茶畑だ。私が摘んだ茶葉に魔法が宿るから、こうしてアルブム滞在中は紅茶のストック作りの為に、毎日茶を摘んでいる。

 鼻歌混じりに茶を摘んでると、遠くの木の下で、ジェラルドがこっちを見てるのに気づいた。ぼんやり昼寝……という感じでだらけきってる。それを見てくすりと笑う。遠い昔、出会った頃のジェラルドと何も変わらない。こうして、私が茶を摘んでいる所を眺めるのが好きなのだとか。

 茶摘みが一段落して、休憩の為にジェラルドの所に行く。召使いに頼んで、昼食用の食事とお菓子を持ってきてくれていた。肉体労働に疲れていたのでありがたい。


「今日は仕事いいの?」

「昨日頑張ったから、今日はお休みもらった。今度こそリドニーも了承済みだよ」


 それならいいか……と、のんびり食事をする。ジェラルドは隣で穏やかな笑みを浮かべながら黄昏れてた。


「やっぱりマリアが茶摘みする姿、眺めるのはいいね。毎日こんな日々だったらいいのに」

「……で、ジェラルドは働かないわけ?」

「うん。働かずにだらだらしたい。僕の事養ってくれる? マリア」

「ジェラルドが皆に引退を認めてもらえるくらいの年になったら……考えてもいいわ。私は一生仕事を辞めないけど」


 私の返事が嬉しかったらしく、とびきりの笑顔を浮かべた。女に養われるのが嬉しいって……この男の思考は……何も変わらない。出会ってから18年以上経っても。でも……今は大事な仕事をそれなりにこなしてるみたいだし、こういう息抜きもたまにはいいかって、思う。


「今日はね、1日お休みもらえたんだけど……明日からまた昼間は仕事なんだ」

「それは仕方が無いね……。まあ、私もジェラルドとラルゴにお茶いれて、茶摘みして、手紙を書いて……それで1ヶ月が終わるかな」


 食事を終えて食後の紅茶を飲んだ所で、いきなりジェラルドが抱き付く。


「昼間は……時間無いけど、夜に遊びに行っても良い?」


 艶っぽい笑みを浮かべて、私の唇にキスを落として囁いた。不意打ちに慌てて赤くなる顔を見られたくなくて顔をそらす。


「あ……今何考えたの? 夜のお茶会しようって……いうつもりだったんだけどな……」


 ジェラルドのニヤニヤ笑顔の揶揄いにむかっとして、ぽかりと叩く。まったく悪びれもせずにあははと笑って、私を抱きしめたまま寝転んだ。


「ちょ、ちょっと辞めてよ、ジェラルド。皆……見てるし」


 そう……帝国でも重要人物の私達の回りには、いつだって護衛の皆様が控えてて、少し距離をとってはいるけど、ばっちり見られてる。何も隔てる物も無い、茶畑の側の空き地で。


「マリアは……いつまでたっても慣れないよね。それが可愛いんだけど」


 事実婚10年目……。それなのに、はたから見たら新婚いちゃラブに見えるんだろうな……。恥ずかしい。穴があったら入りたい。


「きっとさ……ずっと側にいたら、こんな新鮮な気持ちとっくに無くしてたんだろうね。たまにしか会えないから、いつまでたっても慣れないし、飽きない。遠距離恋愛も悪くないかもね」


 ジェラルドはくすりと笑って、また私の頬にキスをした。そう……このベタ甘なジェラルドに、いつまでたっても慣れる気がしない。この先ずっとこうなんだろうか……と、途方にくれた。

 相変わらず日にやけて、手あれだらけの私は、全然貴族のお嬢様らしくないんだけど、もういいじゃない。アラフォーだし。他の誰とも比較せず、私らしい自分が好きだと素直に思える。


 それはきっと……こんな私の全てを愛してくれる男がいるからかもしれない。

 いつだって私を待っててくれて、帰って来るだけでこんなに喜ぶ男がいるなら、毎日仕事が忙しくても頑張れるし、自分に自信も持てる。

 長い長い人生。死ぬまで飽きる事はなさそうだ。


「マリア好きだよ。いつまでも愛してる。久しぶりだし、たまにはご褒美くれてもいいよね?」


 ジェラルドの期待の視線とおねだりに、恥ずかしくっていたたまれないけど……。たまには仕方が無いよね。一応……恋人だし。


「…………私も、好き」


 とても躊躇ってから、ジェラルドの耳元で小さく囁いた。それで満足したらしい。ジェラルドはへらっと笑って私をぎゅっと抱きしめた。



 ガイナディア帝国史の記録上、皇子ジェラルドは生涯独身だった。マリア公爵夫人という恋人がいたらしいと記録にはある。妃不在でたった一人の女性が事実上の妃であった事が「極めて珍しい」という事で、後に「珍妃」と綽名がつけられたとも書かれている。

 帝国の歴史だけ見た場合、このマリア公爵夫人の名前が帝国史上に出る事はあまりない。

 ただ……世界の茶の歴史上、絶対に欠かす事のできない存在として「茶師の姫君」は伝説級の言い伝えが数多く残っている。

 世界中で大きく活躍した女性として、多くの人に語り継がれ、少女達の憧れの対象となった。

 女であっても、実力があれば大きな力を発揮でき、しかも恋愛も諦めなくていいのだと。


 マリアの残した「茶師の姫君」という名には、少女達の夢と希望がたくさん詰まっている。



茶師の姫君 終わり

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