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茶師の姫君〜異世界で紅茶事業を始めました〜  作者: 斉凛
第1章 ロンドヴェルム編
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何を考えてるのか読めない男

父視点です。

親バカパパのシリアスなお話。

 月明かりも乏しい闇夜に、燭台の灯りだけを頼りに書類に目を通す。思わず目頭を押さえて肩のこりをほぐそうと動かしてしまう辺り、自分でも年を取ったな……と思う。

 だがやらなければ行けない仕事は山のようにあるし、家族との時間はできるだけ減らしたくない。

 そうなるといつも夜更けまで仕事を続けなければ行けない。それに近頃は頭痛の種が増えている。例のあの人物が何をしたいのかよくわからない。


 大きく息を吸い込んで冷めた紅茶をすする。愛娘の作ってくれたこの茶を飲む事だけが至福の時だといえた。しかしこのお茶を自分はいつまで飲む事が出来るのだろう。

 籠の鳥は空を知り、自由を求めてもがき始める。いつまでもここに閉じ込めておけないかもしれない。それが寂しく、悲しい。


 静寂が部屋を支配する中、突然音もなく部屋の扉が開いた。流れ込んで来た空気に燭台の灯りが揺れる。顔を上げれば愛しの娘を誑かす憎い男が姿を現した。思わず立ち上がって身構える。

 名前を言おうと口を開き変えた所を、手のひら一つで制される。


「ここでは僕はただのジェラルドだ。ロンドヴェルム公……あなたの客人の一人の男に過ぎない」


 そう言ってにっと笑った。相変わらず何を考えてるのか読めない。無言で椅子に座り直すとジェラルドは近づいて来て机の上にだらしなく腰掛けた。


「娘を街に連れ出したそうですね」


 苦々しく口を開けば、嬉しそうにジェラルドは笑った。


「いつまでも狭い世界に閉じ込めていられる物でもないだろうに。しかしよくもまああんなに世間知らずに育てられたものだ」

「あの子はお茶にしか興味を示さなかった。それ以外知る必要もない事だ」


 ジェラルドは冷えた紅茶に視線を落とし、そのカップを攫って飲み干した。


「そんなにこのお茶を独占したいのかな。木は森に隠せ。本当に貴方の施した隠蔽工作は巧妙だ」

「違う……私は……」


「違わない。理由がどうあれ、本人にも気づかせずに深窓の令嬢として育て上げた。僕も危うく見逃す所だったよ。宝の山にね……」

「……」


 下手に答えたら、ますます相手のペースに乗せられる。口をつぐみ相手の出方を待った。


「どれだけ溜め込んだんだい?」


 何についてか聞かずとも察しはついていた。ここでしらを切り通しても無駄な事も。私は文箱から書類を取り出して無言で差し出した。

 ジェラルドはそれを受け取り真剣な目で目を通す。


「凄いな……。これは……」


 思わず漏れたという感じの声に、苦々しい笑みを浮かべて言った。


「それを知って貴方はどうするつもりだ。中央に知らせますか? それとも自分の権力のために独占しますか?」


 怖かった。このまま平穏無事に穏やかな田舎暮らしがしたいだけなのに。人外魔境の都の貴族達に食いつぶされて押しつぶされてしまうのではないかと。


「何もしないよ。言ったでしょ。僕は今はただのジェラルドだ。わざわざ都に関わろうとは思わないよ」

「ではなぜこの街に現れた! 娘を街に連れ出し、こうやって私をためし、何をしようというのだ」


 ジェラルドはふざけた笑みをやめ、少し寂しげな微笑を浮かべた。


「ここに来たのは偶然。旅の途中にふらりと立ち寄ったここで『茶師の姫君』の噂を聞いた。興味を持ったんだ。自ら茶を作る風変わりな貴族の令嬢にね……ただの好奇心だ。でも今は違うな」

「どう違うと?」


 ジェラルドはティーポットからお茶を注ぎ足して、味わうようにお茶を飲む。


「僕もこのお茶の虜になっただけだよ。そしてこれを作る『茶師の姫君』にもね。もったいないと思った。何も知らずに田舎で腐らせるのは」

「しかし……! あの子を欲得まみれの貴族達の餌食になどさせたくない」


「だからって無知のままいつまで守り通す気だったんだい。貴方がいなくなった時、何の力もない彼女を誰が守るというんだ」


 自分よりずっと年下の若者に冷静に諭されて、心に言葉が突き刺さる。愛する娘のためにと思って自分がして来た事は間違いだったのだろうか。

 俯きしわだらけの自分の手を見る。老いた。あの子をいつまでも自分が守り続ける事は出来ないだろう。自分がいなくなったら、あの子は誰が守るというのか……。

 その問いに返す言葉がみつからない。自分がいなくなった後、何も知らずに蹂躙される娘を想像しただけで震えた。


「彼女がもし外の世界に行くと決めたなら、僕は彼女を守るつもりだよ」


 驚いて思わず見上げた。ジェラルドは真剣な目で自分を見ていた。自分の眼力には自信がある。普段ふざけた笑顔で煙に巻くこの若者だが、この言葉に偽りはないだろう。


「それはあの娘の事を……」

「僕はお茶に夢中で、純粋で、お人好しで、不器用なあの子を守りたいと思った。ただそれだけだよ。それ以上の関係を求める気はない」


 そう言った時のジェラルドの表情はひどく痛ましかった。ふと思い出す。都で聞いたこの男の評判を。そしてそれにまつわるある事件の事を。

 娘を守ると言ってくれた……その言葉だけを信じよう。そう思うとふと心が軽くなった。


「お願い致します。あの子を頼みます」


 自然と頭が下がる。ジェラルドは何も言わない。顔を上げるとジェラルドは笑っていた。


「ロンドヴェルム公。貴方はもっとやり手だと思っていたが、存外不器用だね。あの子にそっくりだ。そんな簡単に僕を信じるのかい」

「他に頼る伝手もない田舎貴族です。それに人を見る目に自信はあります。貴方の言葉は信用できる」


 ジェラルドはほんのわずかに目を見開いた後、笑った。


「かいかぶりすぎだよ。本当にお人好し親子だよね。ああ興ざめだ。からかいにきたのに、こんなにあっさり信用されるとは……本当にこれだから田舎貴族は……」


 私が何も言わずにいると、ジェラルドは興味をなくしたように部屋から出て行った。また部屋は静寂に包まれた。

 言葉では侮辱しつつも、どこか嬉しそうだった。その時思った。ああ……この男は寂しいのだと。人に信用される事になれてない、不幸な人だと。

 ならばせめて我ら親子だけは彼を信じよう。彼の孤独を少しは癒せるのかもしれない。

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