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複雑怪奇な仕事の事情1

 翌日朝の身支度を整えた頃、早速私の警護を担当するという人がやってきた。見上げてびっくり。凄い背が高いけど……どう見ても女性……よね?

 機動性を重視した皮鎧の合間から見える、くびれた腰と、豊かなヒップ、それに顔立ちも凄い凛々しいけど、女性。ただ……髪は男性みたいに短く刈り込んでるし、顔つきは険しいし、声も低めだし……ちょっと怖い。


「今日からマリア・オズウェルド様の警護担当になりました、マルシアと言います。よろしくお願い致します」

「よ、よろしくお願いします」

「私の部下も交代で警護に付きますが、できるだけ私がマリア様の側に居るようにと、ジェラルド様のご命令を受けていますので、どうぞご遠慮なく」


 女性の護衛官というのは人数が少ないらしい。皇后様や皇太子妃のソフィアにも女性護衛官は必要という事で、私を担当できる女性はマルシアだけなのだと。他の交代要因は男性だから、あまり近くにいると私が落ち着かないんじゃないか……というジェラルドの配慮らしい。

 まあ……確かに。知らない人にいっつもぴったり付いてもらうのは慣れないし、それが男性となるとさらにやりにくい。女性なら着替え中とかでも側で守ってもらえる。ありがたい気遣いなんだけど……。


「マルシアさん。よろしければお茶でも」

「勤務中ですので結構です」


 にべもなく断られた。私が話しかけないと、ほとんど口を聞いてくれないし、無愛想な人だな。もう少し親しみがある人の方が一緒にいてやりやすいのに……と、溜息。

 ソフィアとのおしゃべり中、こそっとマルシアの話を聞いてみたら、女性護衛官の中でも、純粋な戦闘術だけで言うなら、1番と評価は高いらしい。


「でもね……やっぱりちょっと、気を使っちゃうよね……」


 本人の目の前で悪口を言うのも……と、遠慮がちにソフィアがくちごもる。まあ……護衛っていっても、何か騒ぎになる事はめったにない。その非常時の強さより、どうしてもずっと側にいる間の気配りとか、愛想の良さとか、そういう方が気になるのが女性の心理。

 そんなソフィアとの会話も、聞いてるはずなのに、マルシアは眉一つぴくりともしない。

 う……ん。これは好意的に見ると、護衛という仕事に誇りを持っている、プロ意識の高い女性……って事だよね。


「マルシアさんは……どうして私の護衛をするのか……と、事情は聞いてるのですか?」

「詳しい事は聞いておりません。ただ、マリア様が非常に重要な要人である事、誘拐される危険性もある事は、ジェラルド殿下だけでなく、リドニー宰相様からも注意を受けております」


 ジェラルドだけでなく、リドニー宰相も私がトラブルに巻き込まれるのを恐れているんだな……。でも、重要な要人って……どんな噂が広まってるのか怖いな。普通の下級貴族の娘に希少な女性護衛官が付くってだけでも目立つよね。



 ラルゴの体調はどんどん良くなって行く。最近調子が良い時は、車いすに乗って部屋をでられる程になった。最初に見かけた瀕死の様な状態からは、想像できない回復ぶりだ。ソフィアはラルゴの為に、刃物の無い車いすを作ってたみたい。二人でちょっとだけ庭を散歩しているようだ。


「ラルゴ……ほら、蕾がついてる。もう春だね」

「そうだな……ソフィアは寒くないか? 体を冷やすといけないから、早めに戻ろう」


 そんな二人の姿を遠目から見かけた。本当に幸せ夫婦という感じがして、それを見られただけでもアルブムに来てよかったと思えた。ラルゴの笑顔が、いつも憂いを帯びているのは、病気のせいだけではなく、もはや皇帝になる事もできない程、衰えた自分への嘆きのせいかな……と、胸が痛くなる。私ができるだけ元気にしてあげなきゃ。

 たぶんこの調子なら、今すぐラルゴの体調が急変して死ぬ事はないだろう。私のお茶を飲まなくなったらどうなるのかわからないから、まだ油断はできないけど。

 三婆女神との約束。あの糸玉の使い道。ラルゴの寿命を延ばしてくれと頼んだら。簡単に解決しただろう。

 でも、現代日本より医療が遅れてるこの世界では、出産時の死亡率は高い。もしもソフィアが出産の時、ソフィアか赤ん坊か……どちらか危険な状態になったら、その時私のお茶を飲ませてる余裕は無い。

 だからひとまずお茶の効果がある、ラルゴに私の魔法で治療しつつ、ソフィアの出産を待とうと思った。


「マリア様。ジェラルド殿下からの使いの官吏が参りました。お通ししてもよろしいでしょうか?」


 マルシアにそう声をかけられて、うっかり忘れてたと慌てた。私に任せられる仕事があるんだった。最近はラルゴやソフィアの事が気になって、そっちばかりに気持ちがいってたから。

 マルシアに許可を出すと、ボディーチェックまでしてから、私の前まで連れてくる。警戒しすぎなくらい慎重で、その対応が頼もしいなと思った。


「貴方様が茶師の姫君……マリア・オズウェルド様ですね。私は宮中で行われる式典の全てを取り仕切る、宮内省から参りました。宮内省長官アラックと申します」


 年配の細身の上品な男性が、マナーのお手本のように、綺麗なお辞儀と共に滑らかに挨拶をする。その姿に見蕩れて、思わず返事を忘れた。顔立ちは地味な老人。なのに身につけた仕草だけで、人が見蕩れるくらい美しく振る舞えるのだと感動した。

 式典の管理官ともなると、この帝国のあらゆる礼儀作法を身につけ、細かいしきたりの知識を全て把握しなければいけないのだろう。


「失礼ながら……マリア様はザクソン王国の事をどの程度ご存知でしょうか?」


 ザクソン王国? 遠い昔に聞いた事あるような……と気がしつつ、思い出せなくて首を横に振る。するとアラックさんは、よどみなくすらすらと、説明してくれた。帝国より少し北側に位置する隣国であり、かつてカンパニーヌの反乱の時には戦争直前まで、緊張状態にあった国だと。

 カンパニーヌの反乱と聞いて思い出した。あのアンヌが自殺したきっかけになったあの反乱だ。


「その……ザクソン王国が、私の仕事に関わるのですか?」

「まだ日取りも決まっていない段階ですが。近々ザクソン王国の有力者をお招きしての、外交会談が予定されております。その有力者の方が我が国に滞在中の、全てのお茶の提供を、マリア様の指揮の下行うようにと、ジェラルド殿下からご命令をいただいております」


 上品な笑みと共に、丁寧な会釈をされて戸惑った。それって……つまり、ものすごいビップを、私のお茶で持て成せって事? しかも……アンヌが亡くなった頃は、戦争になってたかもしれないくらい険悪な国の人間と。

 ただお茶をいれればすむとも思えない、こんな重要な大役を、どうしてジェラルドは私に頼んできたのか。その理由を想像して、思いつかずに目眩がした。

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