敬愛なるお嬢様、一言申し上げてもよろしいでしょうか
今回はキース視点です。
俺はお嬢様を敬愛している。それは自分の主人だからではない。長年お使えしてきて、自分の命を捧げる価値のある方だと思ったのだ。
初めてお嬢様とお会いした時、大人しい貴族のご令嬢だと思った。旦那様譲りのつややかな黒髪と、奥様ゆずりの珍しい紫の瞳。しかし華やかなお二人に比べるといささか大人しい容姿ではあった。それでも野に咲く花のように可憐な雰囲気に、お守りせねばと庇護欲をそそられた。
お嬢様は無口だった。自分から話しかけたりあまりしない。最初は人見知りなのかと思ったが、ご両親にさえ同じ態度だった。それでいて子供とは思えぬほど物の道理を分かっていて、ひどく大人びた方だった。
しかも時々見知らぬ異国の歌を歌ったり、どこか遠くを見ているように黄昏れたり、浮世離れした不思議な方だった。
そんなお嬢様が唯一心を動かすもの。それがお茶だった。普段無口で大人しいお嬢様が、子供らしい無邪気さで、楽しそうに茶について語る姿は愛くるしかった。あまりに夢中で茶を作る姿を見ていると、貴族の令嬢としてどうなのかと思いながらも文句を言えなくなる。
旦那様も奥様も、大人しすぎる娘が、唯一楽しそうにする姿が嬉しいようで、お嬢様の好きにさせようと心に決めたらしい。使用人の中にはそんなお嬢様の事を悪く言う物もいたが、俺はそういう噂ができるだけお嬢様の耳に入らないように心がけた。
そのうちお嬢様の作ろうとしているお茶が今までにない斬新な物だとわかった。初めは恐る恐る味見をしていたが、しだいにその新たな味にひいき目をのぞいて驚いた。まだ子供のお嬢様がどうやってこんな新しいお茶を作る方法を思いついたか。
好きだからの一言ではすませられない。これは才能だ。神様はお嬢様に茶作りの才能を与えて下さった。なにより、お嬢様が作ったお茶を飲んで美味しいと言った時、最高の笑顔を浮かべるお嬢様の姿が愛おしかった。
だから決めたのだ。この身をかけて、お嬢様のために尽くすと。
茶作りにも積極的に手伝い、お嬢様に害をなす者が現れたら身を挺して庇おうと。
それなのに……ああ……それなのに……。世の中はままならない。
「マリア〜。このお茶、砂糖とミルクたっぷり入れて辛い料理の後に飲みたい」
「そう」
なぜこんなワガママ軽薄男の言う事を、お嬢様が聞かなければ行けないのか。
「マリア。暑いからこの前のお茶、冷たく冷やして飲みたいよう。ハーブとか浮かべると涼しげでいいよね」
「わかった」
なぜお嬢様は大人しくしたがっているのか。
「この前の蜂蜜入れたアレ飲みたい」
「ああ……アレね」
アレで通じる会話とか、もはや熟年夫婦の勢いじゃないだろうか。
お嬢様……なぜあの可憐で大人しいお嬢様に、こんな悪い虫がついてしまったのか。一言申し上げたい。なぜあんな男にかまうのかと。
出過ぎた事だと分かっていたが、我慢できずに聞いてしまった。するとお嬢様はこう答えた。
「アレが人だと思うからいけないのよ。犬だと思えば働かずに遊んでても、可愛げを感じられるようになるから」
お嬢様のその言葉にショックを覚えた。お嬢様はそこまで癒しを必要とされていたのか? 確かにあの男を犬だと思えば大抵のワガママは、ペットの可愛いワガママと……思えるか!
断じて許せない。無言で憎きあの男をにらむと、震えながらお嬢様の後ろに逃げた。
「キース……これがアレでも一応お父様の客人」
これってとうとうモノ扱いですか? お嬢様。
「こほん。失礼しました」
そう口だけで俺は謝った。その時あの男が怯えたふりして、お嬢様の後ろでにやりと意地の悪い笑みを浮かべたのを俺は見逃さなかった。この男は確信犯だ! お嬢様、騙されないで下さい。
やはり俺がお嬢様を守らないと……。旦那様もなぜかこの男の事を容認してるし、俺以外の誰が止められるか。俺は固く決心して、今日もあの男の動きを注意深く警戒するのだった。
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