戦争は嫌いだ
写りの悪いテレビがまた悪夢を語る。
『ガー・・・ガガガッ――隣国マンチェスターとわが国キングスベリーは戦争をする運命にある。我々ウィザードは、マンチェスターに散々馬鹿にされてきた。我々ウィザードがどれだけ人間より優れているかを分からせるにはもう戦争しか・・・プツッ』
「あぁ!もう見てるのにー」
「何よ。こんなの見たって仕方ないでしょ。」
「でも自分の国の諸事情くらい知っとかなきゃー」
「こんなしょーもない諸事情、知るだけ無駄よ。ほら、早く食べて。学校遅れるわよ」
「もー」
今日は姉のフレア=チェーンが通うシュレディンガー魔法学校に妹のティルズ=チェーンが入学する日。そんなおめでたい日に、国の不幸なニュースを聞かされてフレアは虫の居所が悪い。
「ティル、アタシ先に行くから。道は分かるでしょ。」
「えー!?一緒に行ってくれるって言ったじゃない!」
「一人が良くなったの!じゃーね!」
バタンッ 勢い良く玄関を閉める。
「もーお姉ちゃーん!」
「もうっなんでこんな日にあんなこと聞かなきゃなんないのよ」
フレアは虫の居所が悪い。イライラしながら住宅街の角を曲がったとき、
「フレアー!おはよう!」
「あっハイル!おはよう」
ハイルはフレアの幼馴染だ。
「どうしたの?なんか怒ってるみたい。」
「当ったり前よ。今朝のニュースきいた?妹の入学式っていうおめでたいときにあんなこと聞きたくない!」
「あぁ、戦争するってやつ?」
「その言葉だけでも聞きたくない」
「ごめんごめん。でもそうなると、あたしたちも戦争に行かなきゃいけないのかな」
「そうよ。それでさらに怒り倍増よ」
キングスベリーは人口の九割近くがウィザードで、もうウィザードの国と言ってもおかしくはない。そのキングスベリーの法で、戦争で使う軍隊というのは11歳以上の50歳未満の国民が務めなければならないとされている。無論男女無関係だ。フレアやティルズたちはそれに値するのだ。
「これで二回目だねー」
「うん・・・・・・」
――あれは三年前、私が13歳でティルズが11歳のとき、ルクセンブルクとキングスベリーの汚名返上のために戦争が行われた。ティルズはちょうど法で定められた11歳になったばかりで、全く運の悪い11歳だった。その時は、家族四人で戦争に向かった。皆ウィザードであるため、魔法を使って戦う。しかし、魔法を使えば無敵というわけではない。私が足を負傷して歩けなくなりその場に倒れたとき、父は私たちを守ろうと魔法で│結界を張っていた。母はその間私の足を治療してくれていたが、私の足は思いのほか傷が深く治療に時間がかかっていた。その間、父にも体力の限界がきていた。敵の兵に銃で結界を撃たれたとき、父の結界は破れ、同時に体力の消耗で父は動かなくなっていた。母は私の治療を終えた後、父の傍に行き死んだことを確認した後、怒りに満ちた表情で敵に突っ込み敵軍と共に爆発し、自滅した。それから、私たちは二人で暮らしている。そうだ・・・私のせいだ。私が足をけがしたから、父と母は死んだんだ。―――
「私が・・・・私が・・・」
「・・・フレア?」
フレアはその場に座りこみ、泣きじゃくった。
「私が・・・殺した・・・あああああああああ!」
全てのことを知っているハイルは、フレアを理解し、抱きしめた。
フレアとハイルは学校に到着し、ティルズも道に迷うことなく学校に到着し、入学式が始まった。
『続きまして、校長先生のお話』
でっぷりとした体を抱えるようにして壇上に上がる。
『えー・・・ゴホン・・・皆々様、この度は我がシュレディンガー魔法学校にようこそ。本校の趣旨はご存知のとおり・・・』
「長くなりそうだね」
「・・・ねえハイル」
「何?」
「魔法って戦争にしか使えないのかな」
「そんなことないと思うよ。実際お薬とか魔法で作ってるし。」
「そうじゃなくて、もっとこう・・・戦争以外で国を守るために。」
「んー・・・戦争以外で国を守るために・・・かあ」
「こらっそこ私語をするな」
担任のドメシス先生が静かに怒鳴る。二人は肩をすくめた。
『一同、礼』
校長先生の話が終わったようだ。珍しく短い演説だった。それもそのはず、今朝の出来事が私たちには関わっている。
『続きまして、生徒会長より、緊急連絡です』
『緊急連絡』という言葉に生徒たちはざわめき始める。どうやらおおよそ予想はできているらしい。フレアはみんな今朝のことを知っていながら今まで平然としていたのかと幻滅した。壇上に、ウィザードらしくない、どちらかというと人間に近い-形をした女の子が上がってきた。生徒の中の一人が言った。
「何あの子、感じ悪ーい。」
それに便乗して他の生徒も野次を飛ばす。
キングスベリーには、人間そのものを嫌うウィザードたちが多い。今まで戦争を繰り返してきた相手が全て人間だったおかげだ。
『みなさん、静かにしてください。知っている人も多いと思います。今朝のニュースの・・・・・・・戦争についてです。』
刹那、野次を飛ばしていた生徒たちもそれ以外の生徒たちも一気に静かになった。
『この国の法により、私たちも出軍を要求されるでしょう。少なくとも上級学年の三、四年生の生徒は確実です。そして、今回入学してきたみなさん、ようこそいらっしゃいました。大変嬉しいことなのですが、みなさんの出軍の可能性もゼロではありません。三年前のルクセンブルクとの戦争のときも一年生の大半が出軍しました。国のために戦うのです。私たちの国を守るために戦うのです。この状況は私たちだけではありません。キングスベリー中が同じ境遇にあります。この戦争で失う生徒もいるかもしれません。でも、それは国のために死んでいった、そう考えましょう。みんなで力を合わせるのです。終わります。』
『一同、礼』
フレアは震えていた。ハイルはフレアを擦った。
「落ち着いて、フレア。」
入学式が終わるとフレアは一目散に講堂を出た。
「ちょっと、フレアどこ行くの?」
ハイルは急いで鞄を持って追いかける。
「あの生徒会長のとこ!あんな悲惨なこと堂々と言われといて黙っとけない!」
「無茶だよフレア。生徒会長に言ったところで何も変わんないよ。」
「分かってる!」
ガラガラガラーッ
「生徒会長、いる?」
「ちょっとフレア、感じ悪いよ。」
「・・・あ、はい。ルモアー、お客だよ。」
「へーあの子、ルモアっていうんだ。」
いきなりの二人の登場に愕然としたクラスの子が、生徒会長を呼ぶ。
「・・・はい、何ですか。」
壇上にいたときの立派な口調が伺えないくらい弱腰で現れた。
「ちょっと来て。」
フレアは廊下にルモアを連れ出した。ルモアの態度は正気なのか、演技なのか分からない。
「ごめんねルモアちゃん。呼び出しみたいになっちゃったけど、許して。」
ハイルはにこにこと前置きをした。
「私は今日壇上でアンタが言ったことが理解出来ない。あれは、本当にアンタの意思?」
「・・・・・・」
「・・・私は三年前の戦争で両親を失くした。私のせいで。私が足を怪我してたのを守って死んだの。意味不明だった。戦争で、ただの殺し合いで親を失った。親を失くさなきゃいけない戦争なんて戦争じゃない。戦争はいけないことなの。国を守る方法はきっと他にいくらでもあるわ。魔法だって、本来は戦争をするためのものじゃない。学校でも習ってるでしょ?」
「フレア・・・」
「あ、ごめんね、こんなこと話すはずじゃなかったのに。とにかく、私はアンタが・・・ルモアが言ったのがルモアの本心じゃないなら、無理に従わなくて良いと思う。」
「・・・あれが本心です。私は、この国が好きだから。」
「じゃあ、戦争は好き?」
「嫌いに決まってる!ただ・・・」
「ただ?」
「何かを守るのに犠牲は・・・付き物だから・・・」
「両親を失くすのも、その付き物ってやつなのね?」
ルモアは下を向いてゆっくり頷いた。
「・・・そっか・・・本心なんだ。分かった。ごめんね?びっくりさせちゃって。」
「いえ。でもフレアさんみたいな考えを持ってる人が居ることも知ってました。」
ルモアは薄く笑顔を見せて、軽く会釈して教室に戻った。そして、二人は学校を出た。
「私・・・ルモアは絶対本心じゃないって思ってた。」
「どうして?」
「壇上にいたとき、なんか悲しそうな目してた気がして・・・それなのに堂々とあんなこと言ってるから余計に腹立たしくって。」
「それで震えてたのね。」
「うん・・・」
二人はそれからの帰り道、一言も言葉を交わさなかった。フレアは家に帰り着いてから、ティルズを忘れていたことを思い出した。
あれから一ヶ月、戦争なんて全く始まりそうにない街の雰囲気だった。
「お姉ちゃん、ポストにこれ入ってたよ。キングスベリーから。私にも届いてた。」
「ん、ありがと。」
焼印を開いた途端、まさかと思った。そのまさかだった。
『今回のマンチェスターとの戦争にチェーン一家を徴収する。国のために明日午後二時にマルチア大講堂への集合を命令する。キングスベリー国安全協会、政府一同』
遂にきてしまったのだ。フレアは硬直した。
「お・・・お姉ちゃん・・・これ・・・」
ティルズはフレアに手紙を見せた。
「・・・ティルにも・・・来た・・・」
フレアは愕然とした。ティルズにも来た。ハイルには絶対来ているに違いない。ルモアもだ。きっとまた誰か大切な人を失う。そう思うと怖くなった。
翌日、フレアは一睡もせず考え込んでいた。もし今日大講堂に行かなかったら、逃走罪で国を守ることを放棄したとして国に殺されてしまう。もう行くしかないのか。
「お姉ちゃん。もう準備しなきゃ。」
ティルズはもう心を決めたようだ。
――魔力のない人間と魔力のあるウィザードが戦ったところで勝つ方は決まってる。私は戦いは嫌いなんだ。なぜ魔力があるんだろう。魔力なんてなければ、こんな争いも起きなかったはずなのに。――――――――
フレアは立ち上がり、準備をした。
午後二時になり、マルチア大講堂には政府から呼び出された国民たちがひしめき合っていた。
「これみんな講堂の中に入れるのかな」
ティルズが言う。講堂で、戦争の始まる日時、署名、規制(キングスベリーには戦争に規制がある)等の説明があり、『幸運を祈る』と全く心のないお祈りがあり、退散となった。
「フレアー、ティルズちゃーん」
講堂を出たとき、聞きなれた声がすると思って振り向くとそこにはハイルがいた。
「ハイル!」
「ハイル姉ちゃん!」
「やっぱりハイルも呼ばれたんだ」
「うん・・・でももうなんかやるしかないかなって思った」
「結局そうなんだよね・・・私たちの声は届かない。こう思ってる人はたくさんいるはずなのに。」
「うん・・・だからせめて、私は殺さないように戦うことにした」
「そんなにうまく出来ないよ」
「気持ちよ、気持ち!あっじゃあ私もう行くね。バスが来ちゃう」
「あ、うん。バイバイ」
そういってハイルは走ってバス停へ行った。
「ハイル姉ちゃん、ほうきで帰ればいいのにね。」
ティルズの言葉に、ハイルも自分と同じなんだなと思った。
「私たちもバスで帰ろ!」
「えー!」
「気が変わったの!」
二人は乗ろうとしたほうきを持ち直して、バス停に向かった。
そして戦争当日、ウィザードたちは自分が使う武器を持って再度マルチア大講堂に集合した。
「ティル、武器何も持っていかないの?」
「うん。私は魔法でやるから。」
「駄目よ。殺しちゃう。」
「ふふっ冗談。ちゃんと持ってる。ほら。」
と、両腰から短刀を取り出して見せた。
「私も短刀ではないけど、これにした。」
フレアも大きな剣を出して見せた。
「お姉ちゃん、かっこいい!」
――人間と戦うには、魔力なんて使っちゃいけない。剣だってなるべくは使いたくない。平等に行かなきゃ。同じ条件で。――
「・・・殺さない。」
ハイルの言葉を思い出して、つぶやいた。
『ではこれより、南に向かうものと東に向かうものに分かれて出軍する。皆の衆、国のために全力を尽くすのだ!いざっ』
一人の男が人差し指を天に向ける。と同時に指先から銃弾が発射され、大きな銃声が放たれた。いよいよ始まった。フレアは南軍、ハイルとティルズは東軍となんとも不都合な具合に分かれてしまった。フレアは一人、戦場に向かった。
長編作にしようと思っていますので、興味がありましたらぜひ続けて読んでください。