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そんなこんなで、全員が教室に戻った頃には、もうホームルームの時間は終わっていた。
「えー、時間もないしめんどくさいので自己紹介は名前だけにします。
新しくこのクラスの担任になった伏見良平です。
えー、不審者じゃないんで、仲良くしてやってください。
はい、それじゃホームルーム終わり。みんな練習頑張れよー。」
それだけを言って教室のドアを開けようとした妙な先生に、クラス中が噛みついた。
「ちょっと待てよ。何で黒田先生はいなくなったんだよ!」
「そうだ、そうだ。ちゃんと説明しろ!」
「練習とか、どうでもいいからホームルーム続けてよ!」
「そうだ、自己紹介からやり直せ!」
もう大変なことになっていた。基本真面目な一年生の俺たちが敬語まで忘れるほどに。
さすがにこの状況を放って置いてはいけないと判断したのか、妙な先生は開けかけたドアを閉め、もう一度教壇に戻った。
「おーい、静かにしろー。わかった。ホームルームを再開する。」
クラス中の野次がピタッと止まった。
「これからいろいろ説明するから、質問のある奴は手ェ挙げてから話せよー。あと正しい言葉遣いな。はい、じゃあ、さっきやりなおせって言われたんで自己紹介から。新しくこのクラスの担任になった伏見良平です。みんな、仲良くしてください。」
「黒川先生はどうしたんですか。」
早速誰かが質問した。
「手ェ挙げろっつっただろ。前の担任は昨日交通事故に遭われて入院しています。あと、黒川じゃなくて、黒田な。」
「入院?」「マジで?」ざわざわと話し声が広がる。
しかし、それも誰かの質問でかき消えた。
「じゃあ何でいきなり見たこともない先生が来てるんですか。」
「だから手ェ挙げろって。俺も正直びっくりしてる。ここまで対応が早いのはちょっとおかしいので、何か裏の事情が絡んでるんだと思います。黒川先生はもう戻ってこないと思っといた方がいいでしょう。」
「先生、黒田です。あと、教師がそんなこと言っちゃっていいんですか。」
「黙りなさい。」
もともと低めの先生の声が更にワントーン低くなった。
それにしても・・・俺は思った。
この人、おかしいのはその格好だけじゃないみたいだ。
なんだこの口を動かす労力すらもったいないみたいなダルそうなしゃべり方は。それに、いろいろとヤバイことを平気でしゃべる。
少なくとも俺はこんな教師、見たことがなかった。
「はい、先生、質問です。」
誰かが律儀に手を挙げた。
「お、君、偉いねー。よし、今度テストの点を五点上げといてあげようかな。」
・・・本当にやりそうで怖い。
「何でマスクとサングラスをつけてるんですか。」
うん、そこはかなり気になるところだ。
みんなが次の言葉に集中する。
先生は言った。
「俺がかっこよすぎるからです。」
『・・・・・・。』
教室をおかしな空気が支配した。つっこむ余裕もない。
先生が続ける。
「この学校に赴任することになって、俺は思った。この美貌をそのままさらけ出していたら、女子生徒全員に一目惚れされる。それは教師として本意ではない。じゃあ、顔を隠せばいいんだ、と。
安心しろ、校長にも許可を取ってある。まあ、顔は隠していても、にじみ出てくる魅力とかあるから、みんなひっかかるんじゃねーぞ。あーあ、こんなに長引いた。他に質問ないな。はい、じゃあホームルーム終わりにします。きょーつけ、れい。ありがとうございました。」
妙な先生はそのまま行ってしまった。
教室の空気は変わらず、みんな呆然と先生が出て行ったドアに焦点の定まらない目を向けていた。
「なあ、切磋琢磨。僕ら、あんな担任でこの先やってけるのかな。」
後ろの席から高宮が声をかけてきた。
「僕、学級委員だろ。今日職員室まで先生を迎えに行くように言われてたんだ。」
だからグラウンドにいなかったのか。あの人が担任だって知ってたから。
「職員室に入ったら、なんかいつもと違うんだ。雰囲気が明るいって言うか、今まで重苦しい空気しかなかったのに。なあ、どう思う?やっぱりあの人の影響かな。」
「その明るい空気をあの妙な先生が作ってるんだとしたら、ただ者じゃない。新しく赴任してきた教師がそんなに簡単に空気を変えることはできないはずだ。ましてやそこが職員室。生徒の目がないから教師同士が無理して仲良くする必要もない。」
「じゃあ、あれは信用するか?マスクとサングラスの理由。」
「理由はどうか知らないけど、校長の許可は嘘じゃないと思う。じゃなきゃあんな格好、許されるわけがない。」
「そうか。これから、どうなるんだろうな。」
高宮のその言葉の直後、授業終了のチャイムが鳴った。