25
時は一時間ほど遡った今日の昼休みのこと。
「切磋琢磨、トランサーの君に話がある。」
いつもなら「サッカーやろう」と誘ってくる高宮からこう声をかけられた。
「ここじゃあれだから」と言って教室を出ていく彼に着いて行くと、到着したのは資料室で、中では影が待っていた。
「切磋琢磨、トランサーの君に話がある。」
机に腰掛け、意味もなく無駄に長い足を見せつけるように組みながら、高宮と全く同じ言葉を投げかけてくる。彼らには俺がそのいまいましい二つ名を聞く度にどれだけみじめな気持ちになるかなんて、想像もできないんだろう。
最近の子供は思いやりの心なんて持ち合わせちゃいない。
影が続ける。
「ここに君を呼んだのはもちろんCASについて話があるからなんだけどね、俺の計画によると、トランサーである君がこれから重要な役割を担うことになる。そう、これはトランサーにこそやって欲しいことなんだよ。いや、トランサーにしかできないって言うべきだね。つまりそんなトランサーの」
「前置きが長い。わざとなのはもう分かったからさっさと内容を聞かせろ。」
いい加減、我慢の限界だった。そんな俺の心情を察してか、高宮がフォローに回ってくれる。
「そうだよ影。そんなにトランサートランサーって連呼したら、トランサーの切磋琢磨に失礼だろ。切磋琢磨はマラソンが苦手な自分に大きなコンプレックスを抱いていて、トランサーなんて不名誉極まりない呼ばれ方をされることにもう死にたいくらい嫌気がさしているんだから。そこんところ、分かってあげよう。」
高宮のこれは天然のなせる技だと思いたい自分は、まだ精神的に弱いんだろうか。
「・・・いいから、早く話せよ。」
すっかり意気消沈した俺が力なく訴えると、影は満足げに説明を始めた。
「まず、一番ショッキングな出来事について話そうか。S中生に売り付けた問題が教師にバレそうになってる。」
・・・え? 一瞬、時間が止まったような錯覚に陥る。
「え、影、それ本当なのか?」
高宮が驚いた表情で聞き返す。どうやら彼もこのことについては今初めて聞かされたようだ。
「うん。さっき連絡が入ったんだげど、今日S中で試験中にケータイが鳴っちゃった人がいて、午後から学校全体で持ち物検査をするらしい。そこであれが出てきたら、大問題になる。」
俺と高宮が息を飲んだ。あれ、とはもちろんテスト予想問題のことである。
三人の中で唯一ケータイを持っている影の電話番号とメールアドレスは、問題を売り付けた中学生全員に教えてある。いざという時のために連絡手段がなければならないからだ。だから情報がいち早く影の元へ入ってきたというわけだった。
「午後からって、今昼休みだろ。もう間に合わないんじゃないか。」
心配になって俺が聞くと、影は「大丈夫、大丈夫」と軽いノリで言う。
「もう対処方法は伝えてあるから。昼休みの間にS中生に売り付けた問題を全部一カ所にまとめて隠しておくように言った。で、俺達が後で回収に行くわけ。でも、なるべく早く行かなくちゃならない。絶対安全な隠し場所なんて存在しないからね。」
・・・なんとなく、話が見えてきた。
「俺達は本当にツイてるよ。今日はラッキーなことに5時間目が体育。抜け出すチャンスは持久走しかないよね!」
いや、そんなキラキラした目で言われても。
「なあ、放課後じゃ、だめなのか?」
できることなら文句の付けようがない今の成績をキープし続けたい高宮が、乗り気じゃないことをアピールするかのように、あからさまに嫌そうな顔をした。
そりゃそうだ。授業を抜け出すなんて、今まで必死で築き上げてきた教師との信頼関係をドブに捨てるようなものだ。輝く通知票に泥を塗ることになる。
しかし、影は非常にも首を横に振った。
「だめだね。だめに決まってるよ。だって、問題は誰かの通学用自転車の前カゴの中だよ。放課後じゃすぐバレちゃうんだもん。」
何だと!?
「だもん、じゃねぇよ! もっとマシな場所なかったのかよ! 頭大丈夫かお前!」
「ちょ、ちょっと落ち付けって切磋琢磨。だってあっちが提案してきたんだ。時間もなかったし、派手に動けないみたいだったからしょうがないって。大丈夫。二人なら抜け出せる。俺は信じてる。」
慌てて後ずさった影の言葉尻に俺は違和感を覚えた。
「おい、影。今、二人ならできるって、そう言ったよな。」
「・・・う、うん・・・それが?」
「まさか俺と高宮だけで回収に行かせようとしてる、なんてことないよな?」
「・・・・・・。」
「図星かふざけんなよ! そんなことが許されるとでも思ったか何様のつもりだこの野郎!」
「落ち着こう、一旦落ち着こう切磋琢磨。だって君は貴重なトランサーで、抜け出すにはもってこいの逸材で、高宮は2位と大差をつけてトップを走れるからやっぱり抜け出すにはもってこいの逸材で、じゃあ無理して俺が抜け出すこともないかなー、なんて・・・」
俺は高宮と目配せして意思疎通を図った後、二人で影の制服の襟をひっつかみ、そのまま後ろの壁に叩き付けた。
『お前も行くんだよ!』
当たり前だろうが。
会話の書き方難しいです。
自然な流れを目指したいです。