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それは、ほんの一瞬の出来事だった。
その場にいる誰もが唖然としていた。行動を起こした張本人の俺でさえも。
・・・うわ、超美形。
目に飛び込んできたそれに思わずたじろぐ。
頭に蘇ってくる会話があった。
『何でマスクとサングラスをしてるんですか。』
『俺がかっこよすぎるからです。』
あれは冗談じゃなかったのか?
突然、パシャリという機械音。
見ると、影がフッシンに向けてケータイを構えていた。
「先生、撮っちゃいましたよ。」
くるり、とケータイを反転させる。
画面には、よれよれのジャージを着た美青年がばっちりと映っていた。何という高画質。
フッシンは黙り込んでいた。
「これ、見られたらまずいんじゃないですか。前の学校では、いろいろとあったんでしょう?」
影が意味ありげに笑った。
「先生、俺達と取引しない?」
「・・・取引、だと?」
「そ。先生は今日ここに俺達がいたことを忘れる。そうしたら俺達もこの写メを学校中にバラまいたりしない。ほら、平和的解決じゃないですか。」
フッシンは苦虫をかみ潰したような顔で吐き捨てた。
「なーにが平和的解決だ。」
そしてこっちをまっすぐに睨み付けてきた。いつもサングラスの奥にあった切れ長の目が俺達を射抜いた。
「あのな、悪いことしたら、そのうち自分に返ってくるって昔からよく言うだろ。そうなんだよ。世界は上手くできてんの。たとえ誰かのためにやったことだとしても、悪いことは返ってくる。それは、あんなことしなきゃ良かったって後悔することかもしれねぇし、後悔しなかったとしたら、そりゃ人間的なもんを何か失くしたってことだ。そんなのが返ってきたって大したダメージは受けないと思うだろ?それがな、こーいうもんってのはずーっとしつこく追いかけてくる。逃げらんねぇんだよ。心のどっかに居座って、いろんなことが上手くいかなくなってくる。」
辺りは静まり返っていた。何の音もしない。ただフッシンの声だけが暗闇の中に重く、重く溶けていった。
彼はそしてこう言った。
「・・・怖いぜ。取り返しつかなくなるのって。」
その言葉は俺達に向けられているようで、そうではなかった。確かにフッシンの口から生まれてこっちに進んできているのに、目の前ですっと闇に紛れて、もう少しのところで届かない。もしかしたら始めから俺達に向かってなどいなかったのかもしれない。
よくわからなかったが、それがいつものフッシンでないことだけは、はっきりと感じ取ることができた。そうしたら、どうしようもなく居心地が悪くなった。今すぐこの場から逃げ出したくなった。
こんなフッシンは見たくない。
「それ、返してくれよ。」
急に、目の前に腕が出てきた。フッシンが俺に手を差し出している。
俺は「それ」がマスクとサングラスであるということに気付いてから、手に持っていたものをフッシンに渡した。
2つのトレードマークが装着されて、やっといつものフッシンに戻ったような気がした。
「悪い、さっきのはちょっと大袈裟だった。そこまで悪いことはしねぇよな。でも、自分に返ってくるってのは本当のことだから、覚えとけよ。」
そう言ってフッシンは光の円から出て行った。
しばらく、歩き出すことができなかった。
フッシンは、自分達には想像も付かないような重いものを抱えているらしい。それを感じ取ってしまっただけに、足が動き出さないのだ。
数秒後、角の向こうからまた声が聞こえてきた。
「安心しろー、お前らが万引きなんてしないことくらい、分かってたから。じゃ、気ぃつけて帰れよ。」
その声は暗闇に消えていった。
どれくらいそうやって固まっていただろう。高宮が「うぅっ、寒っ」と呟いた。それでも俺達は、やはり足を踏み出せなかった。
「なあ、もう帰ろう。僕、上着着てないから寒いんだ。」
そう言って先に歩き出す。ワンテンポ遅れて俺と影も小走りで追いかけ、後に続いた。
その帰り道で影に、フッシンが前の学校で何をしたのか訊いてみた。
さっきのはハッタリで本当は何も知らなかったんだと、彼はそう言ってうつむいた。
それが本当のことなのか、嘘をついているのか、俺には判断できなかった。