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テスト四日前の放課後。
小谷から受け取った問題をコンビニでこそこそとコピーしたところで四種類の予想問題の用意が終わった。
三千円で買い取るとは言ったものの、俺達の中にそんな大金を出せる奴はいなかったので、クラスの男子三人から千円ずつ借金することになってしまった。その時ちょっと利子の問題でモメたが、高宮が一言、「頼むよー、今ピンチなんだ。」と言っただけで、じゃあ利子はいらない、と簡単に引き下がってくれた。人気者は便利だ。
「ピロリロ~ン・・・」
陽気な電子音に見送られて俺達はコンビニを出た。
自動ドアが開いた瞬間、外の冷たい空気が襲いかかってくる冬も本番を迎えようとしていた。
「うぅっ、寒っ。」
制服の上に何も着ていない高宮が身震いした。
時間は五時半。外はもうとっくに暗くなっていた。お世辞にも都会とは呼べないこの辺りには道を照らす街灯もまばらにしかない。
真っ暗な道路の途中に申し訳程度の光の円があって、その先にまた真っ暗な道路が続いていく、そんな感じだった。
家の方向が同じだったので三人並んで歩いた。
角を曲がって最初の光の中に入った時、それとほぼ同時に同じ円の中に入ってきた人物がいた。
俺は思わず声を上げてしまった。
「あっ」
フッシンだ。
間違えるはずもない。よれよれのくたびれたジャージにマスク、冬だというのにサングラス。不審者にしか見えないクラス担任が目の前にいた。
「おー、何やってんだぁ、お前ら?テスト勉強しなくていいのかー?そのための早下校じゃねぇか。」
もちろん「CAの準備やってましたぁ」なんて言えない。俺は苦し紛れにこう答えた。
「高宮の家で勉強会やってました。」
するとフッシンが首を傾げた。
「高宮の家、この辺じゃないだろ。」
しまった。調べられてたか。
「ちょっと小腹が空いたけど、家に何にもなかったんで、コンビニに行ってたんですよ。」
ナイスなフォローは高宮だ。さすが、作り話を毎日16個も考えてるだけのことはある。
しかし、
「ふーん、コンビニ、ね。隣町まで?」
フッシンはますます俺達を疑ってきた。サングラスがじっとこっちを見ている。
何か、何か言わないと。
「あのコンビニにしかない幻のメロンパンがあるんですよ。」
おい影!下手な嘘ならついたりすんな!
フッシンがこっちへ一歩近付いてくる。
「お前ら、いけないこと、してるでしょ。」
俺達は動けない。
「分かるんだよ、そういうのは。目ェ見りゃ一発だ。何やった、万引きか?」
「・・・そんなこと、しませんよ。」
高宮はそう言いながら微妙に右腕を後ろへ隠した。その手には予想問題が入った紙袋を持っていた。
フッシンは目ざとくその行動を見つけ、また近付いてくる。
「ん?何入ってんだ、その袋。」
まずい。このままじゃバレる。
どうしよう、どうしよう。逃げるか?だめだ。そんなの自分から悪いことしましたって言うようなもんだ。じゃあ・・・
サングラスとマスクがもうすぐ側にまで迫ってきていた。
もうしょうがない、一か八かこれに賭けよう。
俺は勇気を振り絞って目の前のマスクとサングラスに手を掛けた。
えいっ!
両手を素早く引っ張った。サングラスが地面に落ちるカシャッという音がした。
自分でも驚くほど鮮やかに、フッシンのトレードマークは取り払われた。
それは、ほんの一瞬の出来事だった。