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翌日、隣のクラスの川口に早速面会を申し出た。
「えーっと、何か用?」
休み時間の喧噪から抜け出してきた彼は、冬だというのによく日に焼けた、野球少年だった。
当然ながら、知りもしない他クラスの三人組に呼び出されて戸惑っていた。
「いきなり呼び出しちゃってごめんね。ちょっと話したいことがあるんだ。」
そう影がいうと、川口は頭一つ分背の高い影の方へ顔を向け、そのまま目を見張った。
そうだった。こいつはそこら辺には滅多にいないくらいの美少年なのだ。普段見慣れている俺達はいいが、初対面の人間が驚かないはずがなかった。
目を見開いたままの川口はそのままで、影は周囲を確認し、小声で早口にこう言った。
「CAについて、話がある。資料室までついてきて。」
CAという言葉で我に返ったらしい川口がこくりと一つ頷いて、俺達は資料室へと向かった。
俺が資料室のドアを後ろ手に閉めた直後、話を切り出したのは意外にも高宮だった。
「川口、君は本当にCAをやってるのか?」
昨日藤野が座っていた席に腰掛けながら、そう訊ねた。
「ああ、やってる。」
あっさりと川口が答えた。
高宮は、もう何も話そうとはしなかった。俯いて黙っている。
俺にはあんたの気持ちが手に取るように分かるよ。『今までのテスト勉強の苦労は何だったんだ・・・』だろ?
すっかり黙り込んでしまった高宮の肩をトントンと叩くことで労りの気持ちを表した。大丈夫。その苦労はきっとどこかで役に立つ、たぶん。近い将来で言うと通知票あたりでな。
「俺は神宮司影。こっちが高宮瞬で、こっちが切磋琢磨。君にいい商談があって呼び出したんだ。」
影の言葉で交渉は始まった。
「まず、内容を説明する。君は出題率100パーセントのテスト予想問題を他校の生徒に売ってるんだよね。」
「ああ。」
「俺達は、そのお手伝いがしたの。予想問題をいろんな人に売りつけるセールスマンの仕事を任せて欲しい。ねぇ、一人で売り歩くには限度があるだろう?でも、俺達三人でやればより多くの人に問題を売れる。売り上げは伸びる。君はテスト勉強の時間が増える。問題をコピーして俺達に渡せば、後は勝手に金が入ってくる。こんないい話、滅多にないよね。」
すると、川口はいぶかしげに聞いてきた。
「タダじゃ、ないんだよな。いくらなんでも虫が良すぎる。」
「さすが、よくわかってる。もちろん報酬はもらうよ。全売り上げの八割。これでどう?」
「八割?!冗談言うな。そんなんじゃ今までのやり方の方がよっぽど儲かる。せめて五割」
「はい決まりー。じゃ、五割で。」
「ちょっと、待て」という川口を「まあまあ」となだめる影。
「君は予想問題をいくらで売ってるの?」
「千円。」
「最高で何人に売った?」
「・・・確か、前回の七人が最高だ。」
「わかった。じゃあ、俺達は最低でも20人に売りつける。そうすれば売り上げは二万円。君に一万も入ってくる。もし20人に売れなくても、一万円は必ず君に渡すよ。これでどう?悪い話じゃ、ないだろう?」
川口は考え込んでいた。まだ納得いかないらしい。
よし、俺も加わってみるか。
「安全性は保証するぜ?教師にバレるようなヘマは絶対しない。誰彼かまわず売るんじゃなくて、信頼できる奴にしか話しかけないし、もし、万が一バレた時は川口の名前は出さない。こっちには天下の優等生、高宮瞬がいるんだ。高宮が全力であんたをかばえば、疑う教師なんて、いない。」
ちらっと、フッシンのことが頭をよぎったが、俺は続けた。
「じゃあテストが終わった後、予想問題を全部回収してあんたに返す。これで絶対安心だろ?」
川口はまだ考えていたが、数秒後、右手を差し出してこう言った。
「わかった。商談成立だ。明日の昼休み、例の予想問題を渡すから、ここに来てくれ。」
俺達はしっかりとその手を取った。