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秋の章最終話です。
「あ、こんなところにいたんだ。」
いきなりの声にはっとして振り返ると、そこには本棚に寄りかかった影がいた。本当に何の気配もなかったのに。
「高宮とサッカーしてるんだと思ってたよ。」
そう言って窓に近付き外を見た。彼の目もまた、太陽を捉えていた。
「外、行かないの?いつもはサッカーしてるんでしょ?」
窓に目を向けたまま問われる。
「・・・誘われなかったから、別にいいんだよ。サッカーだって、そんなに好きって訳でもないし。」
「ふーん。」
彼は相変わらず、窓を見つめたままだ。
しばらくの間、沈黙が続いた。
そして、影が窓から目を離し、こっちを向いてこう言った。
「高宮、相当ご機嫌斜めだね。」
鋭い奴だ。
「ありゃ斜めどころじゃない。急カーブだ。俺に席を取られたのが悔しくてしょうがねぇんだと。」
俺がそう答えたのに、影は何も言わず再び窓の外に目を向けた。それと同時にゴールへと吸い込まれていくサッカーボール。高宮がまたシュートを決めた。窓ガラスを隔てたこちらにまで、クラスメイト達の歓声が聞こえてくるようだった。
影がふっと笑う。
「あの下克上はね、君へのプレゼントだったんだよ。」
「・・・は?」
俺は驚いて横を向いた。それでも影はグラウンドを見つめたままだった。
「ああ、プレゼントというのは語弊があるかもしれないね。俺は君を試したかった。」
「試す?」
「男子全員にチャンスを与え、宝の持ち腐れ状態だった君がルールの隙間をぬって席を勝ち取れるかどうか試していたんだ。あの状況でそこまで頭が回れば大したものだよ。実際君は合格したんだからね。」
・・・これは、褒められているんだろうか。
「じゃあ、何で俺を試そうとしたんだ?」
影は少し考えてから言った。
「・・・おもしろそうだったから、かな。俺、退屈することが一番嫌いなんだよ。おもしろいことのためになら、結構どんなことでもできちゃうんだよね。でも、結果的に良かったんじゃない。君は目標の席に座れたんだし。そうだ。やっぱりこれはプレゼントだよ。仲間に入れてくれたお礼として受け取ってくれないかなぁ。」
そう言って、彼はこちらへ首を傾けた。
「・・・ああ、分かったよ。」
これはおもしろい奴がやってきた。俺の観察眼がそう言っている。
でも、なかなか骨がありそうだ。下手をしたらこっちが「おもしろいこと」に巻き込まれてしまう。
それでも、巻き込まれるのも悪くないかもしれないと、そう思っている自分がいるんだろうか。
外では高宮が三本目のシュートを決めていた。
「ねえ、切磋琢磨。」
「ん?」
「高宮、今左足でシュート打ったよね。」
「ああ。」
「高宮って、左利きなの?」
記憶を探る。
「・・・いや、右利きだったと思う・・・」
その時、休み時間終了のチャイムが鳴った。
あっという間にグラウンドから人がいなくなっていく。たくさんの人に囲まれた高宮は、笑顔をくっつけて楽しそうに走っていた。
そして俺は、あの氷の目を見た。それは一瞬のことだったけれど、遠くからでもよく分かった。
あの目を見たのは、ずいぶん久しぶりのことだった。
「ほら、早く帰ろうよ。」
影が図書室の出入り口辺りで手招きしている。気付くとその場には俺達以外誰もいなくなっていた。
今度また、サッカー教えてもらいに行ってやらないといけないな。そう思いながら、俺は窓辺を後にした。