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「おい、ここ、女子トイレだろ?」

「そうだけど。」

「ふざけんな。俺は絶対入らない。」

「だから、ここしか入口はないんだって。」

「嫌だ!俺、屋上の方から行く。」

「骨折どころじゃ済まないと思うけど・・・。」

 俺達は、一階女子トイレの前でサッカーボール片手に立ち往生という、妙な時間を過ごしていた。

 下校時間をとっくに過ぎている今、グラウンドで堂々と練習するわけにもいかず、アリジゴクなら大丈夫だと言った高宮に付いて来たのだが、女子トイレに入るなどという高いハードルを俺がなかなか越えられないでいるのだ。

「どうせ誰もいないんだから、入ったって何の問題もないだろ。」

「大ありだ。俺はこの先ずっと女子トイレに入ったという事実を背負って生きていかなきゃならないんだからな。」

「そんな、大げさな・・・。」

「だいたいな、高宮」

 誰かの足音。

 はっとして言葉を途切る。俺の口は「や」の形に開いたまま固まった。

 足音が近付いて来る。

「おーい、誰かいんのかー。」

 すぐ側の曲がり角の向こうから声が聞こえた。

 俺達は顔を見合わせた。そして、一目散に近くの物陰に隠れる。そこは、女子トイレだった。断じて言う。そこしかなかったんだ。

 俺達は一番奥の個室に体を滑り込ませ、息を殺して足音が通り過ぎるのを待った。

 しかし、それはどんどん大きくなっていく一方だった。少しずつ大きくなる足音と比例して俺の心拍数が上がっていく。

 まずい。角を曲がられた。足音が格段に大きくなる。

 そして、

「お前ら、何やってんの。」

 クラス担任、伏見良平、通称フッシンの目には、女子トイレの一つの個室に二人で入り、なぜかサッカーボールを持っている男子生徒達が映っていた。

ああ、やっぱりドアは閉めておくべきだった。目の前にマスクとサングラスを見たとき、俺は思った。

「何、やってんの。」

 再びフッシンが聞いてくる。俺達は石像のように動かない。

 何と答えればいいのか全く分からない。この状況で、どう返事するのが正解なんだ。誰でもいいから教えてくれ!

 頭の中はパニックを起こしかけていたけれど、口はわずかも動かなかった。

 サングラスの奥の目がじっとこっちを見据えている。

 くたびれたジャージのポケットに両手を突っ込み、背筋は曲がり、片足重心。覇気の欠片もないはずの教師の前で、俺ばかりか、高宮までもが動けない。

 なんだこの緊張感は。

 フッシンが溜息をついた。緊張が一気に解ける。

「もういいや、面倒くさい。ほら、早く出てこいよ。俺に変態のレッテル貼られる前に。」

 急に緩みだした空気に少しばかり安心した俺達は、何とか個室から出ることができた。

「あのな、練習すんのはいい。いや、本当はこんな時間にやっちゃいけないんだけど、いい。むしろ奨励する。ガンガン練習しろ。ただし、周りに気付かれちゃおしまいだからな。お前らは長い説教を聞くハメになる。俺は職員室でお前らを説教する役を買って出るハメになる。お互いに良いことなんてなんもない。だから、やるならもうちょいコソコソやれ。さっきみたいに大声で女子トイレ侵入作戦なんて立ててたら、すぐバレるからな。言っとくけどあれ、廊下中に響いてたから。」

 げっ、丸聞こえかよ。どうりで一直線に足音が近付いてきたわけだ。

「あ、それから切磋琢磨。そのポケットに入ってるモン、明日から持って来るんじゃねぇぞ。さすがに俺も、スルーできなくなるから。お前は使ったりしないんだろうけど、もし誰かに見つかった時、後の責任問題が面倒だから。」

 今までの流れと全く同じ調子で言ったフッシンのこの言葉で俺は凍り付いた。

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