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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

断罪の場で、壊れた私は嗤いーー貴方を壊す

作者: *ほたる*
掲載日:2026/03/07

※この作品はハッピーエンドではありません。

 復讐・破滅・断罪が主軸となるダーク系ストーリーです。

 苦手な方はご注意ください。

「公爵令嬢フィリーディア、其方との婚約を破棄する」


 学園の大広間。

 壇上に立つ王太子カーペルの声が、静かな空気を震わせた。


 その下で、フィリーディアはゆっくりと顔を上げる。

 凍りついたような銀の瞳が細まり、薄く、笑った。


 ──あの日と同じ人間だとは、思えないほどに。


 ***


「君がフィリーディアだね。僕はカーペル。

 これからよろしく」


 婚約が正式に決まった日のこと。

 彼は穏やかな笑みとともに、そう挨拶した。


 金色の髪が春の光を受けて揺れ、

 翠の瞳には、優しさと、王太子にしては珍しいほどの無垢さが宿っていた。


 その笑顔に、フィリーディアは思わず目を見開き、固まってしまう。

 ハッとしてスカートをつまみ、慌ててカーテシーを返した。


「こちらこそ、よろしくお願い致します、カーペル様。

 至らぬ面も多いですが……精一杯、努めさせていただきます」


 腰まで伸びた白金の髪が、ふわりと靡く。

 春の暖かな風が二人の間を抜け、柔らかく通り過ぎていった。


 彼は、決して優秀とは言えなかった。

 けれど、努力と真摯な姿勢だけは誰にも負けなかった。

 分からないところは、人一倍時間をかけて理解しようとする。

 睡眠を削ってでも、公務にも学問にも真面目に向き合う──

 そんな、誠実な人だった。


「カーペル様、ここの問題、間違ってますよ」


 学園の図書館に寄ったとき、机の上のノートが目に入り、

フィリーディアはそっと指した。


「ここ、この公式を応用すると、すぐに解けます。やってみてください」


 そう言って彼の方へ振り向いた瞬間、

 カーペルは一瞬だけ顔を歪ませ──

 すぐに、取り繕うように微笑んだ。


「あぁ。そうか。……ありがとう、フィリーディア」


(……カーペル様?)


 そのわずかな表情の乱れに、なぜか胸がざわついた。


 数日後。

 夕陽が差し込む、静かな教室で。

 机にうつ伏せて眠る彼を見つけた。


 金の髪が、沈みゆく陽を受けて透ける。

 淡く、揺らぐように輝いていた。


 フィリーディアの胸に、ふっと暖かい灯がともる。

 銀の瞳を細め、眩しいものを見るように彼を見つめ──

 そっと、自分の上着を肩に掛けた。


 好き。

 ……大好き。

 もっと──そばにいたい。

 この人の婚約者になれて、本当によかった。

 ずっと、ずっと……隣で支えていこう──


 二人を包む優しい空気が、静かに教室を満たしていた。


 だが、その日を境に──

 フィリーディアの幸せだった日常は、

 唐突に終わりを告げた。



 隣の教室に転入生が入ってきた。

 その知らせは、フィリーディアの教室にも届いたが、最初は気にも留めなかった。

 ただの些細な情報のはずだったのに──

 それが、彼女の心を蝕む最初のほころびとなってしまう。


「カーペル様! なんでそんなに頑張るんですか?」


 学園の庭から、弾むような声が聞こえた。

 桃色の髪に空色の瞳をした、例の転入生が、

 カーペルの腕を軽く引きながら話しかけている。


「今まで、たくさん努力してきたんじゃないですか? 辛かったでしょ?」

「あなたは、あなたのままでいいんですよ」


 微笑みながら告げられた、その、言葉に……

 カーペルは、大きく目を見開き──

 次の瞬間、泣き出しそうに、顔を歪めた。


 その表情を見て、フィリーディアの胸に、鋭い衝撃が走る。

 重い鉛を飲み込んだように、喉がひくりと鳴った。


 それから、ふたりが一緒にいる姿を、頻繁に見かけるようになった。


 中庭に広がる、弾んだ声。

 屈託なく笑う、明るい表情。

 ほんのりと色づく頬。

 ……愛しいものを見るような、熱のこもった瞳。


 今まで積み上げてきた関係が、

 少しずつ。

 少しずつ。

 剥がれ落ちていく──。


 フィリーディアの心には、重たい鉛が積もっていった。


 どうして。その女を、そんな目で見るの?

 私には、一度だって見せたことがないのに。

 楽しそうに声をあげて笑った顔も、

 あんな優しいまなざしも──

 どうして……私には、向けてくれないの?


 震える手を、フィリーディアはぎゅっと握りしめた。

 ……胸が苦しい。顔がこわばる。

 涙がこぼれそうになるのを、必死に噛みしめて……堪えた。


 二人の笑い声から逃げるように、彼女はそっと踵を返す。


 自分の半身を失ったように心は塞がり、

 感情は──少しずつ。少しずつ。

 ……麻痺していった。


 そんなある日。

 廊下を歩いていると、ふと空き教室の方から声が聞こえた。


「やったわ! カーペルルート、もう少しで制覇よ!」


 カーペルという名に、足が止まる。

 そっと覗くと、例の転入生が両手をギュッと握り、嬉しそうに跳ねていた。


「カーペルを攻略したら、続編で最推しのアンデル様が出てくるはず!

 きゃあっ、どうしよっ。待ってて、アンデル様!」


 言っている意味は、理解できなかった。

 けれど──ひとつだけ確かだった。


 彼女は、カーペルのことをまったく見ていない。

 むしろ何かの踏み台にしようとしている。


 身体が、硬直して動かない。

 視界がぐらりと揺れ、

 世界が崩れ落ちるように、目の前が真っ黒になっていく。


 その後、カーペルは努力するのをやめた。

 公務も、勉強も、何もかも。

 その時間のすべてを──彼女と過ごすために使うようになった。


 二人の距離は、どんどん、どんどん近づいていく。


 ある日。渡り廊下を歩いていると、フィリーディアは見てしまった。


 中庭で、彼が大切なものに触れるような優しい表情で、

 彼女の頭に、そっと手を置いていた。


 ──その瞬間。

 世界が、暗転した。


 どうしても、私を見てはくれないのね。

 あなたは、そんな自分勝手な女がいいのね。

 義務も、責務も......全部捨ててしまうほどに。

 あなたを堕落させる......その、女を。


 フィリーディアの銀の瞳に、昏い影が広がっていく。

 唇が薄く開き、静かに弧を描く。


 なら、いい。

 そんなあなたは──いらない。


 私を好きになってくれないのなら......

 私が、あなたを──壊してあげる。


 広間に、静寂が落ちた。

 フィリーディアは壇上のカーペルを見上げ、わずかに首を傾ける。


「理由を、お聞きしてもよろしいかしら?」


 冷ややかな銀の瞳が、一直線に彼を刺す。

 カーペルはその視線にたじろぎ、しかし意を決したように声を張り上げた。


「君は、ここにいる男爵令嬢ローゼを階段で突き落とそうとした!

 彼女を虐める現場を見たという証言もある!

 そんな君は、王妃に相応しくない!!」


 広間に、再び静寂が落ちる。

 フィリーディアは一度、そっと俯いた。

 次の瞬間——


「……ふふふ。あ——っはっはっはっ!」


 広間中が凍りついた。

 教師も、生徒も、誰一人として息を飲む音すら立てられない。


 涙を指で拭いながら、フィリーディアは薄く口角を上げる。


「殺人未遂? いじめ? 私が?

 ……くだらないわ。

 貴方は、そこまで堕ちてしまったのね」


 カーペルの頬が、羞恥と怒りで赤く染まる。


「証拠も証人もいる! 罪を認めろ、フィリーディア!!」


「罪? やっていないことの何を認めろと言うの?

 私は——私の人生も、命も全てかけて、無実だと断言するわ」


 そして、静かに手を掲げる。


「姿を現しなさい。……王の影」


 その声に応えるように、空気が震えた。

 広間に黒衣の男が現れ、生徒たちのざわめきが波のように走る。


 王の影。

 王にのみ忠誠を誓う、影の組織。

 その姿を見た瞬間、カーペルの顔から血の気が引いた。


「王太子の婚約者である私と、王太子であるあなたには——

 常に影がついていたのよ。監視と護衛のために」


 フィリーディアはゆっくりと笑う。

 その笑みは冷たく、美しく、どこか哀しみすら帯びていた。


「もし本当に私が彼女を害したのなら……

 王に、すべて報告がいっているでしょうね?」


 カーペルの喉がつ、と鳴る。

 フィリーディアはさらに一歩踏み出し、嗤った。


「まさか——王太子ともあろうものが……

 そんなことも忘れてしまっていたの?」


 カーペルの表情が、みるみる崩れていった。

 歪んだ顔。強く噛み締める歯。震える息。

 隣の桃色の髪の女が、悲鳴のように叫ぶ。


「王の影?! 何それ、そんな設定聞いてない!」


 真っ青になった彼女は、縋るようにカーペルの腕を掴む。


「本当なんです! 信じてくださいカーペル様。

 私、フィリーディア様にずっと虐められて——」


「そのような事実はない」


 影は、短く告げると、空気に溶けるように姿を消した。


 広間がざわめいた。

 ヒソヒソと交わされる声。

 一瞬で空気が反転する。


 カーペルは真っ青なまま。

 心だけどこか遠くに置き去りにしたように、何も言わない。

 隣でローゼが何か喚いているが——もう耳に入らなかった。


 コツ、コツ、と規則的な足音が響く。

 雪のような白金の髪を揺らし、薄く嗤いながら——

 フィリーディアは、ゆっくりと歩いてくる。


「何が——証拠?」


 乾いた音がひとつ。

 足音が、さらに近づく。


「何が——いじめ?」


 また一歩。

 冷たい床に音を鳴らす。


「誰が、誰を殺そうとしたって?」


 最後の一段を上がると、フィリーディアはゆっくりと顔を上げた。

 昏い銀の瞳のまま、カーペルの目の前に立つ。


 カーペルは震えていた。

 逃げようとしても、足が動かない。

 瞳も……どこか遠くを見るように、定まらない。


「……私を、見なさい」


 ゆっくりと、彼の瞳を覗き込む。


「私を——見ろ!!」


 鋭い声が広間を切り裂いた。

 カーペルの瞳が大きく見開かれる。

 翠の瞳いっぱいに映るのは、フィリーディア──ただひとり。


「あ……ああ……」


 震える手で頭を抱え込む。


「そんな……まさか……僕は……そんな……」


 衝撃によろめく彼を、蔑むように見下ろしながら、

 フィリーディアは、トドメのひとことを口にした。


「あなたは公務も責務も放り出して——

 ただ“ラクになりたかっただけ”。

 ……それだけなのよ」


「あああああああああっ!!」


 絶叫が、空気を割る。


 そのすぐそばで——

 フィリーディアは、満足げに微笑んだ。





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