僕の話
彼女の初めての恋人は女の子だったらしい。
そういえば昔、そんな噂があって、確認してみると本当だった事を思い出す。その時の記憶はもうだいぶ薄れていた。
「それもそうか」
あれから十年という月日が経っている。
では、そんな月日が経って、今更何故そんな事を思い出したかといえば…
「確かに恋花さんに会いたかったですけど、ちょっと早すぎますよ」
菊の花が添えられた墓石に話しかける彼女の背を見ていたからだ。名前からして女の人なのだろう、と悟る。
事の発端は少し前で、この方の妹さんからメッセージを受けた彼女はその場で倒れた。幸い、僕が同じ部屋に住んでいたから、それにすぐに気付けたものの、その時は人生で五本の指に入るほど心配した。
「バケツここに置いとくよ?」
持ってきた水をバケツに移し、僕は彼女に声をかけた。
彼女は背を向けたまま「うん。大丈夫。ありがとう。ほんと、色々助かった」と小さく頷いていた。
「あっ、うん」
僕は彼女の震えた声に少し怯んだ。
昔は泣き虫だったと言う彼女の泣いている姿を僕はあまり見たことがなく、まして外で泣いている所は初めてだった。
どうしよう、と僕は腕を組んで青く住んだ高い空を見上げた。
やがて、啜り泣くような声が聞こえてきた僕は自然に、迷いなく、彼女の隣にしゃがんでいた。
「大丈夫」
「ありがとう。ちょっと、隣にいて…」
うん、と答え震えている彼女の手を上から握る。小さく固く結ばれた拳だった。
「これで、本当にお別れなんだって…思ったら…」
「そうだよね」
「結局、ずっと不甲斐ない私だったな」
「なんで?」
「だって、みっともなく泣いてる」
「そんな事、無いよ。ちゃんとお墓に向き合ってるじゃん」
向き合う事は勇気のいる事で、僕には出来ないことだ。
区切りをつけるというのは、難しい。それをここ数年で突きつけられた。
その時、彼女が息を吸って、勢いよく赤い腫らした目で僕を見る。
口元は力を入れているのか歪んでいる。
「ごめんねっ、今まで」
「なんの話?」
結局、その謝罪が何に対してのものなのかは分からなかった。
それから僕らはお墓の掃除をして、線香に火をつける。うっすらと細い煙が線香の濃い赤色の所から上がっていた。
「息を吹きかけず、手で扇ぐんだって」
僕はネットで調べた事を彼女にそのまま説明した。
「うん。分かった」
振り返ると彼女は車から取ってきたであろう花束を腕いっぱいに抱えていた。
少々お墓に備える花にしてはやりすぎな気もしたが、それを見たのが花屋から車へ彼女が花束を持ってくる所だったので、何も言っていない。
「恋花さん。ありがとうございました」
彼女はそう言って花束を墓前に添え線香の小さな火を手で払って消した。
「うん。ちゃんと消えたよ。火」
「良かった」
立ち上がって振り返った彼女の表情はどこかスッキリしていて、まるで憑き物が落ちたみたいだった。
それを見て、なんだか僕も少しだけ前に進めるような、そんな気がした。