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【受賞】和食で騎士団を虜にした令嬢は、婚約破棄から人生やり直し中です 〜隣国で小料理屋をはじめたら、元婚約者が土下座してきました〜  作者: 梅澤 空
海の町編

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港の問題  騎士団side

「うわぁ……マジかよ」

 

 朝の食堂に、ガレスの恨めしげな唸り声が響いた。テーブルに突っ伏し、首だけで奥の厨房を覗き込む。そこでは、リーナが藁の束を抱え、ロドリックと何かを話していた。

 

「藁焼きの香ばしい匂い……それに、たっぷりの薬味。想像しただけで腹が減る」

「ガレス、よだれ」

「あ? おっと」


 シリルに指摘され、ガレスは慌てて口元を拭った。パンを(かじ)るジュードの視線も、手元の皿ではなく、厨房の二人――特に、キリッと髪を結び直したリーナの後ろ姿に吸い寄せられている。


「俺たちも食ってみたかったな」

「任務だからな」


 ジュードは自分に言い聞かせるように呟き、残りのパンを無理やり水で流し込んだ。


「……仕方ない」


 言葉とは裏腹に、その目はリーナから離れない。オオカヅラのタタキ――炎で炙る調理法だと聞いた。どんな匂いがするのか、どんな味なのか。興味がないと言えば嘘になる。


「新しい美味しさ……体験してみたかったわ〜」


 アデラインがわざとらしく大きなため息をついた。

 その言葉に、誰もが頷きかけた。このままでは、食堂の空気がどよんと重くなる。ジュードは勢いよく椅子を鳴らして立ち上がった。


「よし、行くぞ! 帰ってきたら、リーナに作ってもらおう」

「おう! そのために働こうぜ!」


 ガレスが腕を回しながら立ち上がる。その騒がしさに厨房のリーナが振り返って、騎士たちの出立に気づいて小走りで寄ってくる。


「皆さん、行ってらっしゃい! お気をつけて」


 その笑顔に向かって、ジュードは「行ってきます」と短く返した。

 それだけで、不思議と体に力が湧いてくるのを感じた。


 ***


 重厚な扉を開けても、部屋の主は顔さえ上げなかった。カリカリ、カリカリと、ペン先が紙を走る音だけが、広い執務室に響く。


「……騎士団か。何の用だ」

「港のオオカヅラの件です」


 ペンの音が、ピタリと止まった。重苦しい沈黙が落ち、ホセはゆっくりとペンを置いて、椅子の背もたれに深く体を沈めた。


「オオカヅラ、か」


 その声には、疲労と、隠しきれない苛立ちが混ざっている。


「放っておけば潮が持っていく。毎年のことだ」

「今年は例年になく大量発生していると聞いています。住民の生活に支障が出るレベルだと。バルトロメオ様のところに報告が上がっています」


「……苦情は毎年のことだが。住民からの苦情も増えてはいる。匂いもひどい……だが、騎士団が出るほどのことか? 港は漁師たちの縄張りだ。お前たちが土足で踏み込めば、彼らは『面目を潰された』と騒ぎ出すぞ」


 ホセの言葉には、はっきりとした拒絶があった。

 よそ者の騎士団が入り込むことを、良く思っていないのが伝わってくる。


「町の人たちが困っているなら、それを助けるのが私たちの役目です」


 アデラインが、柔らかくも毅然と言い返す。ホセの眉がピクリと動く。


「勝手に動かれても困るのだがな」

「もちろん、町の指示に従います。港の外れに集めて、静かに処理するつもりです」


「掃除をするのは勝手だが、余計な騒ぎは起こさんでくれよ。漁師たちは神経質になっている。お前たちが偉そうに仕切れば、彼らの反感を買うだけだ」


「分かりました」


 一礼して退室する背中に、再びカリカリというペンの音が追いかけてきた。廊下に出た瞬間、アデラインがふぅ、と長く息をついて、毒づく。


「食えない古狸ね」

「でも、許可は取れた。行こう」


 ***


 現場に到着した瞬間、全員が顔をしかめた。


「うぐっ……なんだこれ」


 ガレスが鼻をつまみ、目の前の死骸の山を見上げる。予想していたより、はるかに多い。生臭い潮風に、酸っぱいような腐敗臭が混ざり合い、息をするのもためらわれるほどだった。


「想定以上ですね。これは住民も参るはずだ」


 シリルが眼鏡の位置を直す。冷静さを装うが呼吸が浅い。重苦しい空気が、港一帯にまとわりついている。

 ガレスがごくりと唾を飲み込み、だが次の瞬間には笑って腕まくりをした。


「でも、俺たちならやれる!」


 その声に、他の団員たちの表情も引き締まる。海沿いの空き地を確認し、作業場所を決定する。風通しがよく、処理に向いた場所だった。


「ガレスの言うとおりだ。よし、始めるぞ! 終わったら、リーナの飯が待ってる」


 ジュードの号令で、作業が始まった。ガレスが荷車に死骸を積み、ルークの風魔法が腐敗臭を散らし、アデラインの水魔法が作業路を洗い流し、シリルが次の手順を指示する――それぞれの役割が、淀みなく回り始めた。


 遠巻きに見ていた漁師たちの表情が変わる。


「……本当にやるつもりなのか?」


 最初は半信半疑だった声が、やがて驚きに変わる。


「……おい、手伝うぞ」


 何人かの漁師が作業に加わり、作業はさらに加速した。昼食も簡単に済ませ、騎士たちはなお手を休めない。


「この量、俺たちだけじゃ運びきれなかったな……」


 疲れを見せながらガレスが笑い、その隣でルークも額の汗を拭っていた。港の空気が、確実に変わり始めている。通りかかる町民が、ふと立ち止まる。


「なんか、今日は匂いがマシな気がするぞ」

「騎士団が何かやってるんだって!」


 子どもたちが興味津々で覗き込み、親たちは安堵の表情を見せていた。


 終わる頃には、港は見違えるほど綺麗になっていた。夕暮れの空の下、積み上げられたオオカヅラの山を前に、ジュードは大きく息を吐いた。疲れたが、やり遂げた充足感がある。


「明日、これを処理すれば、だいぶ改善するはずです」

「よし、今日はここまでにしよう。明日はこれを一気に片付けるぞ」


 ***


 潮風庵に戻ると、リーナたちもちょうど終わったところだった。


「みなさん、おかえりなさい!」


 リーナの明るい声を聞いた瞬間、一日の疲れが吹き飛ぶのを感じた。

 ガレスが得意げに一日の成果を報告している横で、ジュードの視線はリーナに向いていた。


「リーナは? うまくいった?」

「うん、喜んでもらえたよ!」


 その屈託のない笑顔に、ジュードは口元を緩め、泥を払うのも忘れて見惚れる。早く身体を洗って、あの料理を食べよう。

 そう心に決め、ジュードは仲間たちと共に宿の中へと足を踏み入れた。

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