港の問題 騎士団side
料理実演の日の朝。潮風庵の食堂では、リーナとロドリックが慌ただしく準備を進めていた。
タタキ用の藁を束ね、なまり節用の薪を一つひとつ確認していく。二人の集中した表情を見ながら、朝食をとる騎士団の面々は、どこか羨ましげな視線を送る。
「タタキってやつ、絶対うまいに違いないよな……」
ガレスが大きな体を椅子に預け、ぽつりとつぶやく。その隣でルークも、同じように名残惜しそうな顔をしていた。
「僕たちも食べてみたかったなあ」
「でも任務があるからな。仕方ない」
ジュードが言いながらも、リーナの手際をじっと見つめるまなざしには、明らかな興味がにじんでいた。
「新しい美味しさ……体験してみたかったわ~」
アデラインが優雅に紅茶を啜り、ため息をひとつ。
「興味深い調理法ですしね。……まあ、研究は後日ということで」
眼鏡を押し上げながらシリルが冷静に言うと、ジュードが勢いよく立ち上がった。
「今度は絶対食べる!」
そのとき、リーナがふと手を止め、振り返った。騎士団の視線に気づいたようだった。
「みなさん、ごめんなさい。今日は……」
「気にすんなって」
ジュードが軽く手を振る。
「俺たちは俺たちの仕事をやるだけだ」
その言葉に、他の団員たちも無言で頷いた。リーナたちの熱心な姿を見ると、不思議と自然に背筋が伸びる。
「よし」
ガレスが手を叩く。
「リーナとロドリックが頑張ってるんだ。こっちもやるべきことをやるだけだな」
「……そうね、そろそろ行きましょう」
***
町長の屋敷の中、ジュードとアデラインは重厚な扉を前にして、互いに目を合わせる。
「フォロー、頼んだ」
「お任せあれってね!」
扉を開けると、奥の執務室から威厳ある声が響いた。
「騎士団か。何の用だ」
ホセ町長は書類から目を上げもせず、無愛想に言った。
「港に溜まっているオオカヅラの死骸を、処理したいと考えています」
ジュードが丁寧に説明すると、町長はようやく顔をあげた。
騎士団がオオカヅラの処理に動くには、町長の許可が必要だった。
「オオカヅラの件、か」
腕を組み、椅子の背に体を預ける。
「毎年のことだ。そのうち潮が持っていくさ」
「ですが、今年は例年よりも発生数が多いと聞いています」
ジュードが一歩も引かずに返すと、町長の表情にわずかな陰りが差した。
「……確かに。住民からの苦情も増えている。匂いもひどくてな」
内心では困っていた。毎年、自然に解決してきた問題が、今年はそうはいかない。
だが、騎士団に頼るとなると、話が大きすぎる気もする。
「騎士団が出るほどの話か?」
「町の人たちが困っているなら、それを助けるのが私たちの役目です」
アデラインが、柔らかくも芯のある口調で答える。
「勝手に動かれても困るのだがな」
「もちろん、町の指示に従います。港の外れに集めて、静かに処理するつもりです」
ジュードの誠実な態度に、町長は黙り込んだ。
しばしの沈黙のあと、彼は立ち上がり──
「……分かった。あなた方に任せよう」
そして言葉に重みを込めた。
「ただし、町の秩序を乱すような真似はしないでほしい。港の外で、静かに。問題が起きないよう、くれぐれも気をつけてもらいたい」
「分かりました」
町長の言葉に一礼すると、ジュードとアデラインは屋敷を後にした。
***
町長の許可を得た騎士団一行が港の一角に立つと、目の前の光景に言葉を失っていた。
「……これほどとは」
シリルが眼鏡越しに死骸の山を見つめながら、息を呑む。
生臭い潮風に、酸っぱいような腐敗臭が混ざり合う。息をするのもためらわれるほどだった。一帯には、重苦しい空気が漂っている。
「間違いなく、これが悪臭の原因だな」
「すげぇ量だ……」
ガレスがごくりと唾を飲み込む。けれど、次の瞬間には笑って腕まくりをした。
「でも、俺たちならやれる!」
海沿いの空き地を確認し、作業場所を決定する。風通しがよく、処理に向いた場所だった。
「よし、始めるぞ!」
ジュードの号令で、作業が開始された。
まずはガレスが荷車を使って死骸の運搬を開始。
「僕が風で匂いを散らします!」
ルークが風魔法を使って、作業場の空気を整える。
「水は任せて」
アデラインの水魔法が、作業路の汚れを次々と洗い流していく。
シリルは効率的な処理手順を組み立てる。
その様子を遠巻きに見ていた漁師たちの表情が、次第に変わっていく。
「……本当にやるつもりなのか?」
最初は半信半疑だった声が、やがて驚きと感謝に変わる。
「手伝うぞ!」
何人かの漁師たちが作業に加わり、作業はさらに加速した。
昼食も簡単に済ませ、騎士団は手を休めず動き続ける。
「この量、俺たちだけじゃ運びきれなかったな……」
疲れを見せながらガレスが笑い、隣ではルークも満足げに息をついていた。
港の空気が、確実に変わってきている。通りかかる町民たちが、そっと鼻をくすぐる匂いに気づき始める。
「なんか、今日は匂いがマシな気がする」
「騎士団が何かやってるんだって」
子どもたちが興味津々で覗き込み、親たちは安堵の表情を見せていた。
夕暮れ。港の外れには、大量のオオカヅラが積み上げられていた。
「明日、これを処理すれば、だいぶ改善するはずです」
シリルが報告しながら顔の汗をぬぐう。
「よし、今日はここまでにしよう」
ジュードが空を仰ぐ。赤く染まった海が、静かに揺れていた。
「明日はこれを一気に片付けるぞ」
***
潮風庵に戻ると、リーナたちの実演はちょうど終わったところだった。
「みなさん、おかえりなさい!」
リーナの明るい声に、ガレスがにやりと笑う。
「こっちも頑張ってきたぜ。明日は本番だ。俺の土魔法の見せどころってやつだな!」
「リーナは?うまくいった?」
「うん、喜んでもらえたよ!」
リーナの笑顔に、ジュードも満足げに頷いた。
窓の向こうでは、夕日がゆっくりと港の海に沈んでいく。




