港の未来
リーナの盛り付けた皿は、素朴ながらも心を惹きつける美しさがあった。香ばしく焼き上げたオオカヅラのステーキは、表面に深い焼き色をまとい、赤や緑の焼き野菜が彩りを添えている。隣に置かれた刺身は、薄く切り揃えられた切り身が花びらのように広がり、陽の光を受けて深い赤みを帯び、圧倒的な鮮度を主張していた。
カルロスは皿を見つめたまま、動かなかった。フォークを握る手に、わずかな震えが走る。隣でミゲルが息をひそめ、視線を刺身に注いだまま固まっている。
「本当に、食べても大丈夫なのか?」
声が震えていた。カルロスの目は、まだ皿から離れない。ミゲルも固唾をのむように、じっとリーナを見つめている。
ジュードはそんな二人の様子を見て、明るく笑いかけた。
「もちろん。俺たちも昨日たっぷり食べたんだ。感動するレベルで美味かったよ」
その快活な声に、カルロスの肩から力が抜けた。
カルロスは意を決したようにフォークを手に取り、刺身を一切れ口へ運ぶ。噛みしめた瞬間、目が見開かれた。
「……うまい!」
その声に、ミゲルも慌てたように手を伸ばし、自らも一切れを頬張る。口の中でゆっくりと味を転がすうち、瞳に驚きの色が広がっていく。
「本当だ!! 全然臭みがねえ! むしろ、甘いくらいだ……身がとろけるみたいに柔らかい……」
リーナは二人の心からの笑顔を見つめ、ゆっくりと息をついた。自分の料理を、偏見や恐れを乗り越えて口にしてくれたこと。そして「美味しい」と言ってくれたことが、何よりも嬉しかった。
「ステーキも食べてみてください」
リーナの声に、カルロスはまだ興奮冷めやらぬ手つきでナイフを入れた。驚くほど滑らかに切れ、身の凝縮された旨みが顔を出す。それを口に運べば、芳醇な白ワインの香りが鼻腔をくすぐり、ニンニクと醤のソースが深いコクと甘みを伴って広がっていく。
「……信じられねえ……牛乳に漬けただけで、こんなに変わるのか! これ、ほんとに魔物かよ……」
ミゲルが深い感動とともに息を吐いた。ガレスはそんな様子を横目に、豪快にステーキを頬張りながら口元に笑みを浮かべた。
「くぁーっ、こりゃ酒が欲しくなるうまさだ。年寄りどももこれ食えば黙るんじゃねえか?」
ルークは、最初は丁寧にナイフとフォークを使っていたが、その手つきは次第に熱を帯び、夢中になって食べていた。アデラインは軽く目を細め、フォークを唇から離す。一瞬、香りを確かめるように息を吸い込み、ゆるやかに微笑んだ。
「この焼き加減……絶妙ね。ソースも香りが立ってて、すごく品があるわ」
「……柔らかくて……臭みもない。驚きました」
シリルは目を瞬かせ、唇の端にわずかな笑みを浮かべる。舌に残る旨みをもう一度確かめるように、静かに口の中で味を転がした。
そして、その場の誰もが息をのむ中、ロドリックは恍惚とした表情でステーキを味わっていた。目を閉じ、その味を全身で受け止めるように深く息を吸い込むと、ゆっくりと紡ぎ始める。
「火と肉が織りなす情熱の舞……香ばしい脂が舌をまろやかに包みこむ。これは、海が贈る祝祭の味だ」
その格調高い言葉に他の騎士たちは互いに顔を見合わせ、また始まったとばかりに小さく苦笑いを浮かべた。しかし、その表情にはどこか嬉しさが滲んでいた。そんな様子に、カルロスとミゲルの口元もわずかに緩む。
「もしよければ、作り方をお教えしますよ」
リーナの言葉に、二人は顔を見合わせ、同時に深く頭を下げた。その勢いに、リーナは身を引く。
「お願いします!」
ディエゴが満足げに目を細め、天井を仰ぐ。
「いやあ、見事なもんだ。魔物が、こんなにうまい料理に化けちまうんだからな」
カルロスとミゲルは、食べ終えた皿を名残惜しそうに見つめていた。そこに残るソースの跡さえ、惜しむように。
「……だが、問題はここからだ。年寄り連中に、これをどう説明するかだな」
ディエゴのひと言に、場の空気がわずかに引き締まる。ミゲルは低く呟き、静かに港の方へと視線を移した。
「『魔物は食い物じゃねえ』って言い張ってる人たちだしな。中でもオオカヅラは、ずっと厄介者扱いだったからな。そう簡単に意識が変わるとは思えねえ」
ミゲルの肩が沈み、カルロスが唇を噛む。
「でも捨て続けたせいで、港はあの臭いだ。海に放れば汚れもひどくなるし、漁場だって遠のいちまう。あの人たちだって、それが原因だって、本当は気づいてるはずだぜ?」
その言葉に、リーナが顔を上げた。
「だったら、その問題を前面に出すのはどうでしょう? 港の悪臭や海の汚れが減る――そう伝えたほうが、きっと関心を持ってもらえるんじゃないでしょうか」
リーナの声に、ジュードがぱんと手を打った。彼の琥珀色の瞳に、強い光が宿る。
「ああ、それだ! このままじゃ未来は変わらないって、俺たちが見せてやろうぜ」
ガレスが拳でテーブルを一度叩いた。
「漁師にとって、海は命なんだろ? 汚ねぇままにしておきたい奴なんていねぇはずだぜ」
ディエゴは腕を組み、しばらくの間黙り込んだ。
「……とはいえ、あの人たちは口で言ったくらいじゃ納得しねえぞ」
低く押し出された声が、場に落ちる。すると、それまで俯いていたカルロスが、バッと顔を上げた。その節くれだった指が、テーブルの上で強く握りしめられる
「だったら『この港の未来を考える』ってことで集まってもらうのはどうだ? オオカヅラを捨てずに済む方法があるって言えば、聞く耳くらいは持ってくれるかもしれねえ」
港や海を守るためとなれば、きっと理解を示す年寄りもいる。二人は視線を交わし、唇を固く結んだ。
「町のためになることなら……! 私にできることがあれば、お力になりたいです!」
捨てられてきた食材を、町の力に変えられるのなら――ディエゴがその言葉を受け、にやりと口元を緩める。
「よし、決まりだな。まずは俺たちで話を詰めるぞ。この港の未来、町全体を巻き込んで、きっと変えてみせる」




