血合いの活用
「なめろうっていう料理です」
前世で覚えた、アジやイワシの身を叩くあの料理とは少し違う。今回は血合いを活かすための応用だ。それでも、薬味と味噌の力で臭みを消し、うま味を引き出せたはずだ。
アズールが恐る恐るフォークで取り、口に運ぶ。眉が上がった。生臭さが全然ない。
リーナは別の料理も用意し始める。残った血合いを刻み、フライパンに油を熱し始めた。生が苦手な者もいるだろうし、小さな子供には加熱したものの方が安心だ。
まずはショウガを炒めて香りを出す。ぴりっとした香りが弾け、続けて血合いを入れると、ぱちぱちと勢いよく音が跳ねた。水分を飛ばし、ぽろぽろになるまで炒める。仕上げにゴマをふりかけた。
「血合いのそぼろです」
小皿に盛られたそぼろを、皆で試食する。しっかりとした旨味が凝縮されている。シリルが落ち着いた口調で分析した。
「ご飯と一緒に味わえば互いの味を引き立て合って、食事全体の満足感がぐんと高まりそうです」
「これはご飯にかけたいぜ!」
ガレスも笑顔を見せ、思わず茶碗を探すようにきょろきょろする。
リーナが血合いのそぼろを小さなスプーンに取って差し出すと、コスタが恐る恐る口に運んだ。
「おいしい!」
コスタの満面の笑顔に、張り詰めていた空気が緩む。アンナは胸に手を当てて小さく息をつき、マルクは「はっは」と短く笑った。
リーナが血合いを除いた身に塩を振り、しばらく置く。数分後、布巾で表面の水気を軽く拭き取り、小麦粉を薄くまぶした。その一手間に、シモンとロドリックの目が留まる。
フライパンに油を熱し、潰したニンニクを入れると、食欲をそそる香ばしい匂いが広がる。そこへオオカヅラを入れて両面をしっかり焼いていく。じゅうじゅうと音を立てながら、オオカヅラが美しい焼き色をまとっていく。
「生でも食べられるのに、しっかり火を通すのね」
アデラインが興味深そうに見つめる中、やがて塩焼きが完成した。刺身、血合いのなめろうとそぼろ、塩焼きが並ぶ。
「オオカヅラがこんなにたくさんの料理になるなんて」
アズールが感嘆の声を上げた。
リーナは焼き上がった塩焼きから一切れつまみ、口に運んだ。噛むたびに幸福が顔に広がり、リーナの頬がほんのり色づいた。身がふっくらしていて香ばしさがたまらない。塩だけなのに、旨味がしっかり引き立つ。
ジュードが身を乗り出すようにしてフォークを手に取り、焼き目のついた身を口に運んだ。
「うわ、うまっ! 外は香ばしいのに、中がふわっとしてる」
「しっかり火を通してもパサつかないのね」
「これはご飯も酒も進むな」
アデラインは目を閉じて余韻に浸り、ガレスはすでに次の一口を求めてそわそわしていた。
「香ばしさと塩の加減が絶妙です。脂の甘みも感じられて、とても上品ですね」
シリルが落ち着いた口調で評し、その横では、ロドリックが目を閉じて噛みしめるように味わっていた。
「これは……噛むたびに、波が寄せては返すように旨味が広がり、余韻が心をさらっていく。まるで、海の風が火と塩の力で新たな姿に生まれ変わったようだ」
リーナが塩焼きを小さく切って差し出すと、コスタは鼻をひくひくさせ、香りに誘われるように手を伸ばした。
「お魚おいしい! もっと!」
コスタがぱくぱくと食べる様子を見て、アズールが目を細めた。子供でも美味しく食べられる。これなら……。
アズールの視線が、マルクへ、アンナへ、そしてリーナへと巡った。その目には、何かを決意した者だけが持つ光が宿っている。だが、アンナは夫の服の裾を小さく掴んだまま唇を噛んでいた。オオカヅラは美味しい。だが町の人たちに、それを受け入れてもらえるだろうか。
「まずは若い漁師の方々から始めるのはどうでしょう」
リーナの提案が、その不安を和らげる。
「アズールさんと一緒に食べてみた方たちに調理法を教えれば、きっと分かってもらえます」
アズールはリーナに視線を向け口元に笑みを浮かべたが、シモンは腕を組んだまま渋い顔をした。
「保守的な漁師たちは簡単には受け入れないと思うぞ」
「それは確かにそうじゃな」
マルクも眉間に皺を寄せる。年長の人たちは頑固だ。長年の経験と常識をそう簡単に覆すことはできない。だが、アズールは拳を握りしめた。
「でも、諦めるわけにはいかないわ。この町のためなんだから」
震える息を整えながら、彼女は前を見据えた。ジュードがアズールの肩に手を置いた。
「俺たちも協力するよ。騎士団の名も使えるし、内陸で魔物料理が食べられていることについても説明できる」
アズールの目に、ようやく希望という色が戻っていた。
「明日から本格的に動き始めましょう。まずは若い漁師の皆さんに、調理法を広めることから」
マルクが深く息をつき、目を閉じる。アンナも夫の袖から手を離し、まっすぐ前を見た。シモンが「やるしかないな」と短く言い、ガレスとルークも拳を握る。その場にいた全員が、それぞれの覚悟を胸に視線を交わした。




