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初めての刺身

「それじゃあ、さっそく始めましょうか」


 リーナの声に、アズールとシモンが協力して七十センチはあろうかという立派なオオカヅラを木の台の上に置いた。ぬめりを帯びた銀青色の鱗が、太陽の光を跳ね返して鈍く光る。


「改めて見ると、本当に立派だな」


 ガレスが感心したように呟くが、リーナは慎重な面持ちでシモンから包丁を受け取った。


「その前に」


 アズールがオオカヅラの頭の横を指差す。鱗の隙間に、小さく光る石が埋まっていた。


「これがあるから魔物なのよ。普通の魚にはないからね」


 リーナは頷き、まず魔石を丁寧に取り出すと、改めて包丁を構えた。だが、予想以上の大きさと重さに、刃がうまく入らない。シモンが魚体を支える中、リーナは額に汗を浮かべ、呼吸を整えながら慎重に刃を引いた。


 頭を落とし、内臓を取り出す。次は三枚におろす作業だ。大きな身を扱うのに苦労しながらも、リーナは丁寧に作業を進めた。やがて美しい赤身が現れると、皆が息を呑んで見入る。


 リーナが赤身の中央、濃い赤黒い筋を指差した。


「この部分が血合いです。臭みの原因ですが、栄養豊富なんですよ」


 アズールが「なるほど」と小さく息をつくが、リーナの手は止まらない。血合いを丁寧に取り除き、美しい赤身は刺身用に切り分けていく。取り除いた血合いは、別の器へと分けた。


「アズールさん、薬味にショウガとニンニク、玉ねぎを。それとお味噌を少し分けていただけますか?」


 アズールが慌てて隣の家へ駆けていった。しばらくして戻ってきたのは、マルクとアンナ、そしてコスタとデルマーも一緒だった。コスタは恥ずかしそうにアンナの後ろに隠れ、デルマーはマルクに抱かれてきょろきょろと辺りを見回している。


 マルクが驚いた顔でオオカヅラを見つめる横で、アンナは期待に頬をわずかに高揚させリーナの手元をじっと見つめた。コスタがアンナの後ろから顔を覗かせリーナの袖を小さく引く。リーナが優しく微笑みかけると、コスタは照れたように視線を落とした。その横でデルマーがマルクの腕の中から魚を指差す。


「おさかな、ぴかぴか」


 小さな笑いが広がり、場の空気が明るく変わる。


 リーナが薄く切り分けた美しい赤身を、小皿に分けていく。塩と(ジャン)を添え、まず自分が一切れ取って口に運んだ。ゆっくりと噛みしめ、満足そうに目尻を下げる。


「ん~! 臭みも全くなくて、身がしっかりしてる! 甘みも感じます」


 その表情に、見守っていた全員の緊張がわずかに解ける。だが、魔物の魚を生で食うという常識外れの行為に、誰もがまだ唾を飲んでいた。


 アズールは意を決したように一切れを口に運ぶ。ゆっくりと咀嚼し、カッとその目が見開かれた。


「……うそでしょ」


 絞り出すような声だった。臭みなど微塵もない。噛むほどに広がるのは、力強い旨味とほのかな甘みだ。


 アズールの驚愕を目の当たりにして、シモンがごくりと喉を鳴らす。(ジャン)を少しつけた切り身を口に放り込み、彼もまた言葉を失った。噛むほどに甘みが際立ち、今まで食べてきた魚とは別物だった。


「これが…オオカヅラか」


 ロドリックが深く息を吐き、舌の奥で味を確かめるように小さく唇を動かした。


「力強い旨味が波のように押し寄せて、舌の上で泡のように消えていく。食べるたびに、新たな海の表情を見せてくれるとは」


「臭みなんて全然ないじゃない!」


 アデラインも興奮に頬を赤らめている。


「知らなかった自分が恥ずかしいわ」


 その熱狂をよそに、リーナはすでに取り分けておいた血合いを細かく刻み始めていた。みじん切りにした生姜、ニンニク、玉ねぎと味噌を合わせ、リズミカルな包丁の音を響かせる。


 仕上げに(ジャン)を垂らし、リーナは自信に満ちた笑みを浮かべた。


「血合いのなめろうの完成です。さあ、食べてみてください」

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― 新着の感想 ―
 タタキは藁で炙らねば…港町だから藁はないかな? あと鰹節は菌が必要だったはず…当分は刺身かカルパッチョかな。
塩むすびを!塩むすびをもて〜! 次は薪で炙るタタキかな?
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