いざ、港町へ
朝日が「アンナの食卓」の窓から射し込み、店内を明るく照らしていた。
リーナはテーブルの上に荷物を並べ、最後の確認をしている。
(あぁ! この包丁入れ忘れてた! 調味料も忘れてないかチェックしなくちゃ)
ひとつひとつ丁寧に詰めながら、今日から始まる港町への旅を思うと、心が躍って仕方なかった。
扉を叩く音に顔を上げると、見送りに来たマリアが顔を覗かせた。
「リーナ、準備できた? 大丈夫?」
体調を気遣う友人に「平気だって」と笑いかけ、ペスカードの土産とマルク夫妻への伝言を約束する。
「本当に無理しちゃダメよ」
念を押すマリアに力強く頷き、リーナは荷物を背負って騎士団庁舎へと急いだ。
集合時間にはまだ早かったが、逸る心は止められない。
庁舎前に待機する馬車にはすでに荷が積まれ、ジュード、アデライン、ガレス、ルーク、シリルの姿が揃っていた。
ガレスがリーナの荷物を軽々と馬車に積み込む。
「ロドリックさんは?」
リーナがきょろきょろと見回すと、落ち着いた声が背後から響いた。
「ここにいる」
振り返ると、大きな荷物を背負ったロドリックが立っていた。
「調理道具を多めに持ってきた。現地で良いものを作れるよう、準備はしておきたいからな」
「さすがロドリックね」
アデラインが目を細める。ジュードが全員を見渡した。
今回の任務はオオカヅラの調査とリーナの食材調査、滞在は二週間を予定している。
宿舎の扉が開き、バルトロメオ団長が姿を現した。
「お前たち、準備は整ったか?」
「はい、団長」
ジュードがきっぱりと返す。
「リーナ、体調に問題はないな?」
「大丈夫です」
リーナはしっかりと答えた。団長は満足げに目を細める。
「港町での調査、期待している。ただし無理はするなよ。何かあればすぐ知らせるように」
「分かりました!」
「では、気をつけて行ってこい」
団長に見送られ、一行は馬車に乗り込んだ。
***
「よーし、それじゃ出発!」
ルークが御者を務め、馬車はアードベルの街並みを背に進み出す。
馬車の中は、自然と目的地の話題で持ちきりになった。
港町「ペスカード」――ガレスが「魚の街」という意味だと熱っぽく語るその街は、リーナの想像をかき立てた。
「アードベルの市場に並ぶ魚とは新鮮さが段違いなんですよ」というルークの言葉にリーナは、どんな魚に出会えるだろうと期待に胸を膨らませる。
アデラインが綺麗な貝殻のアクセサリーの店を教えようとすると、ロドリックが「水揚げ直後の魚は格別なんだ」とぼそりと呟いていた。
和やかな空気を引き締めたのは、シリルだった。
「皆さん。オオカヅラの調査が本任務であることをお忘れなく」
「ああ。遊びじゃないな」
ジュードの表情が硬くなる。
「でも、きっと新しい発見もあるわ」
アデラインの朗らかな声が、わずかな緊張をほぐした。
しばらく走ったところで、馬車が急に止まった。
「どうした!?」
御者席のルークにジュードが声を張り上げる。
「魔物です! ストーンカウの群れが道を塞いでます!」
「全員、戦闘準備だ!」
ジュードの合図で、一行は一斉に外へ飛び出し、剣を抜いた。
道の先には、ゆったりと草を食む巨大な魔物たちがいた。
茶色からこげ茶色の毛に覆われたその体は、普通の牛より一回り大きく、がっしりしている。太く短い角は、まるで石のような質感だった。
だが、ストーンカウたちは騎士団の存在に気づいても、特に警戒する様子もなく、のんびりと草を食べ続けている。
「なんだか……のんびりしてるな」
ガレスが拍子抜けしたように肩をすくめた。
リーナは、その魔物のがっしりとした肩や背の肉付きに目を奪われていた。
(あの肉質……前世で見た、高級な……)
「道を塞がれたままでは進めないな。シリル、脅して追い払うぞ」
ジュードが剣の柄に手をかけた。
「待ってください!」
リーナが叫んだ。
「ジュード! その魔物、食材よ!」
リーナは目を凝らし、ストーンカウたちを見つめる。
『ストーンカウ』
『品質:上級』
『特性:柔らかい霜降り肉、土の恵みを受けた深いコク』
『用途:ステーキ、煮込み、炒め物に適する』
(霜降り……ステーキ……煮込み……!)
リーナは息を呑み、鑑定結果を叫んだ。
「上級品質の霜降り肉です! ステーキにも煮込みにもイケる! 最高です!」
その瞬間、空気が変わった。ロドリックの目が、食材を見定める料理人の目に変わる。
「……ほう、それは興味深い」
ジュードが肩をすくめ、構えた剣をゆっくりと下げた。
「……そうか。なら、話は別だな」
彼は仲間たちを見回した。
「ガレス、ルーク! 二頭だ。肉を傷つけるな。綺麗に仕留めるぞ!」
「「おう!」」
騎士団の手練れた連携で、二頭が速やかに確保された。
しばらくして処理が終わると、ロドリックが肉の質を確認し、感嘆の声を漏らした。
「見事な霜降りだ。これは絶対に美味い料理になる」
「後で食べるのが楽しみだな!」
ガレスが笑顔で言った。
道が開けたところで、一行は再び馬車へ乗り込む。荷台には、しっかりとストーンカウの肉が積み込まれていた。
「もう少ししたら昼にしよう。そのときに調理するか」
「ロドリックさん、一緒に作りましょう!」
リーナの声が弾む。ロドリックは、こくりと無言で応じた。馬車は再び走り出し、ペスカードへ向けて進んでいく。




