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旅立ちの準備

 午後の騎士団本部は、いつも通りの訓練の熱気に包まれていた。

 訓練を終えたジュードは、汗もそのままに団長室の扉を叩く。リーナと約束した、港町行きの許可を取りつけるためだ。


「失礼します」


 バルトロメオ団長が、山積みの書類から視線を上げた。威厳ある表情の奥に、部下を思う気配がある。


 ジュードは、来週予定の港町巡回にリーナを同行させる許可を求めた。表向きは海産物の仕入れ。だが本命は、オオカヅラの調査においてリーナの鑑定が決定的な助けになるという点だ。ジュードの説明の熱に、団長は顎に手を当てて考え込んだ。


「だが、リーナは少し前に体調を崩したはずだ。問題はないのか?」

「はい。もうかなり回復しています。ただ、無理はさせません」

「オオカヅラは厄介だ。港町の漁師たちの被害も深刻だ。魔物に詳しいシリルがいるお前たちの班なら、確かに適任だろう」


 内陸ばかり担当してきた班が港町へ行くのも良い経験になる。団長はそう結論づけ、許可を出した。ただ、条件が付けられた。『リーナの体調を最優先すること』『少しでも無理をするようなら、即刻帰還すること』この二つだ。


「承知しました」


 ジュードが深く頭を下げると、団長はふと思い出したように続けた。


「ああ、ロドリックも同行を希望しているようだが?」

「はい。料理人として、海の食材を学びたいと」

「うむ。それも許可しよう。現地で料理を担当してもらえれば、リーナの負担も減るだろうしな」


 出発は一週間後と決まった。


 ***


 騎士団本部を出たジュードは、足早にリーナのもとへ向かった。


「許可が下りた!」


 弾んだ声に、リーナの表情がぱっと華やいだ。


「本当?」

「ああ。団長も、オオカヅラの調査にリーナの鑑定が役立つはずだから期待してるってさ」

「やった!」


 魔物調査も兼ねて、ジュードたちの班が担当することになった。普段は内陸担当だが、シリルの知識があるから適任だと判断されたようだ。アデラインも、ガレスも、ルークも、シリルも一緒だ。


「みんなで……それなら心強いです」


 リーナはほっとしたように笑った。出発は一週間後。準備期間は長い方だが、リーナには気がかりなことがあった。


「料理教室のこと、マルセロさんに相談しないと!」

「そうだな。港町の調査次第だが、二週間ほどは見ておいた方がいいかもしれない」

「二週間……二回もお休みしちゃうのか」


 この前も休んだばかりだ。生徒たちはがっかりしないだろうか。小さな不安がよぎる。


「みんな心配しちゃいそう」


 漏れた呟きに、ジュードが応じた。


「だろうな。でも、きっと応援してくれるさ」

「そうね。ちゃんと説明して、理解してもらわなくちゃね」


 ***


 その日の午後、リーナは商業ギルドを訪れ、マルセロに事情を説明した。来週から二週間、騎士団の任務で港町へ赴くこと。目的は、海の食材の調査と、新しい料理のヒントを探すこと。


 マルセロは「海の食材、それは面白そうですね」と興味深げに目を細め、休講の手続きを快く引き受けてくれた。



 商業ギルドを後にして街を歩いていると、料理教室の生徒の一人とばったり出くわした。


「あっ、リーナ先生!」


 休講を伝えなければならないと口を開くと、案の定、生徒は体調の悪化を心配して顔を曇らせた。


「いえ、体調はもう平気なんです。実は騎士団の任務で、港町へ……」


 リーナが海の食材調査が目的だと明かすと、生徒の表情は不安から期待へと一変した。


「海の食材ですって?  それはすごい!! 帰ってきたら、新しいお料理、ぜひ教えてくださいね!」


 生徒は、港で生まれる新しい料理への期待を無邪気に語り、リーナを送り出してくれた。


 街を歩くうちに他の生徒たちにも出会ったが、反応は皆一様だった。リーナは改めて、自分がどれほどアードベルの街に愛されているのかを実感した。温かな励ましが、背中を押してくれる。


 ***


 翌日の騎士団本部では、港町巡回の打ち合わせが行われた。


 ジュードの呼びかけに、アデライン、ガレス、ルーク、シリルが集まってくる。ガレスとルークは声を弾ませたが、ジュードが苦笑しながら「落ち着け」と制した。


「今回は特別よ。オオカヅラ問題も絡んでるし」


 アデラインが笑みを浮かべつつも釘を刺した。


「オオカヅラ……」


 シリルが低く呟いた。その顔にはわずかに緊張が走っている。オオカヅラは魔物の中でも厄介で、現地の被害も深刻だ。


「油断は禁物だ」


 ジュードの硬質な声に、シリルが真剣な目で応じた。


「調査には全力を尽くします。リーナさんの鑑定と合わせれば、詳細が分かるはずです」


 不意に、ガレスが手を打った。


「そうだ! リーナも一緒なんだよな?海の食材の調査もするんだろ?」

「ああ。新しい料理のヒントを探すんだってさ」


 ジュードが応じると、ガレスが笑った。


「すげえな、リーナは。いつも面白いことを見つけるのが上手いよな」

「私も海の食材、気になってたのよね~」


 アデラインが興味深げに身を乗り出した。


「海の恵みって、美容にもいいって聞くし」


 ルークがロドリックの同行を確認すると、ジュードも承知していると返した。料理人として、海の食材を学びたいのだという。


 役割分担が決まった。シリルとリーナが魔物調査。ガレスとルークが情報収集。


「私は現地の人たちとの交流役かしら。女性の視点も必要でしょう?」


 アデラインが微笑むと、ガレスが目を泳がせた。


「なにか?」


 アデラインがじっと見つめる。


「げふっ……そ、それは確かに大事だな!」


 ガレスが慌てて言い繕うと、アデラインが小さく笑った。


「ふふっ。じゃあ、チーム編成は決まりね」

「オオカヅラ問題も、みんなで解決できるといいわね」


 アデラインが静かに言った。


 ***


 その夜、リーナは一人で旅支度を進めていた。


 料理道具を一つずつ丁寧に確認しながら、どんな道具が必要か思い巡らせる。包丁は、大きめの出刃も持っていこうかな。鱗取りもいるかな。


 慎重に荷物を選びながら、リーナの鼓動は高まった。


 港町には、まだ見ぬ世界が待っている。オオカヅラは、もしかしたら食材として利用できるかもしれない。港に着いたら、マルクやアンナは、元気にしているだろうか。いろいろな思いが頭を駆け巡る。


 窓の外を見つめながら、リーナは小さく呟いた。


「港町か……」

 今世では初めての海。そこに何が待っているのかと思うと、楽しみで仕方がなかった。

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