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市場探訪・新たな食材を求めて

騎士団の面々が帰ってから一夜明けた朝、リーナは「アンナの食卓」の厨房で湯気立つ鍋に向かっていた。ふわりと立ち上る香りに目を細める。


「フェングリフの出汁も美味しいけど、もっと色々な種類があれば...」


記憶の奥にあるのは、前世で慣れ親しんだ和の味――カツオと昆布を合わせてとった、あの澄んだ旨味の黄金色のスープ。今の料理も悪くはない。でも、あの味が懐かしくて仕方がない。


「でも、この世界にそんな食材はあるのかな?」


そんなことを考えていると、店の扉がからんと音を立てて開いた。


「リーナちゃん、おはよう!」


野菜を山ほど抱えたベラが、元気に店へ入ってきた。市場で野菜を売る、気のいいおばさんだ。


「おはようございます、ベラさん。今日も新鮮な野菜をありがとうございます」


「どういたしまして。それより、さっきから顔が難しいわよ?何か悩み事?」


「はい、実は……もっと出汁に使える食材を探してるんです。スープに深みを出すための、旨味のあるものを」


「出汁って……何だいそれ?」


首をかしげるベラに、リーナは少し考えてから答える。


「スープの味の土台になるようなものです。きのこや海藻みたいな、自然な旨味を持つ素材で」


「なるほどねぇ……それなら、ちょっと心当たりがあるわ」


ベラの目がきらりと光る。


「市場の奥に、ちょっと変わった店が集まってる場所があるの。普通の客はあんまり行かないけど、料理好きならきっと面白いと思うよ」


「本当ですか?」


「ええ、案内してあげるわよ。私、そういうの得意なの」


「ありがとうございます、ぜひお願いします!」


* * *


翌朝、リーナはベラに連れられて市場の奥へと足を踏み入れた。


普段の八百屋や肉屋が並ぶ表通りとはまるで雰囲気が違う。薄暗い石畳の通りに入ると、所狭しと並ぶ小さな店舗、漂う香辛料や乾物の匂い。


「こんなところがあったなんて……」


「観光客は知らないけど、料理人や商人はみんな利用してるのよ。掘り出し物だらけだからね」


最初に訪れたのは、店先いっぱいにきのこが並ぶ店だった。天井近くまで吊るされた乾燥きのこから、濃厚な土の香りが漂ってくる。


「いらっしゃい。珍しい顔だね」


現れた店主は、無精髭を生やした中年の男性。しゃがれた声とぎょろりとした目が印象的だった。


「出汁に使えるきのこを探していて……旨味の強いものがあれば、ぜひ」


「ふむ……それなら」


彼が奥から持ってきたのは、一見するとただの地味な茶色いきのこだった。


「これはツチタケって言ってな。土の中で育つから、土臭いって嫌われてる。でも乾燥させたらうま味は強いんだ」


リーナがじっとそれを見ると、視界に文字が浮かぶ。


『ツチタケ』

『品質:中級』

『特性:乾燥させると旨味が5倍に増加』

『用途:和風出汁の他、スープの旨味強化にも適す』


――これは……!


「これです!」


思わず声が弾んだ。


店主が驚いたように眉を上げた。


「おや、あんた分かる口だね。みんな見た目で敬遠するけど、旨味はなかなかのもんさ」


「乾燥させれば、素晴らしい出汁になるはずです。あるだけ全部、ください!」


「おお……そんなに買ってくれるとは思わなかった。助かるよ、在庫が掃けるなんて滅多にないからね」


驚く店主に銀貨を差し出しながら、リーナは確信していた。これは間違いなく、和食の柱の一つとなる素材だ――干し椎茸の代わりになるはず。


次に案内されたのは、海産物を扱う小さな店だった。潮の香りが漂い、木桶に盛られた魚や貝が並ぶ店先。その隅で、ひっそりと網に引っかかっていたような海草が山積みにされていた。


「これは……?」


リーナが指差すと、店主の男が鼻で笑った。


「それ?ウミクサっていう海の雑草だよ。磯臭くて料理になんかならない。捨てる手間が惜しいから置いてるだけさ」


だが、リーナの視界には文字が浮かぶ。


『ウミクサ』

『品質:中級』

『特性:海の昆布。乾燥・塩抜き後、旨味を引き出す』

『用途:合わせ出汁に必須』


「……これも、全部ください」


「本当にそんなもんが欲しいのかい?」


「はい。私にとっては、ものすごく貴重な食材なんです」


真剣な表情に店主は圧倒され、無言で海草を袋に詰め始めた。


* * *


市場を一通り回った帰り際、ベラがふと立ち止まり、古びた八百屋の片隅を指差した。


「ほら、あそこ。変わった野菜もあるのよ」


店の端に置かれていたのは、白く長い野菜と、ごつごつとした巨大な根菜。


「これはシロネギ。白い部分は甘くて美味しいんだけど、扱いづらくてあまり人気がないの」


『シロネギ』

『品質:良質』

『用途:薬味、煮込み料理の香味付けに最適』


「こっちはカライモ。辛みが強すぎて敬遠されがちだけど、火を通せば甘くなるのよ」


『カライモ』

『品質:上級』

『特性:加熱で辛味が和らぎ、甘味が引き立つ』

『用途:すりおろして薬味に。煮物にも好適』


「これも両方いただけますか?」


「えっ、全部?……いや嬉しいよ、ほんと。こいつらも喜んでるさ!」


八百屋のおじさんは笑顔で、手際よく野菜を包み始めた。


* * *


「アンナの食卓」に戻ったリーナは、仕入れた食材を広げ、手際よく準備に取りかかった。


まずはツチタケ。薄くスライスしてざるに並べ、日当たりの良い場所で干す。干し椎茸のように香りが変化するのを期待して。


次にウミクサ。まずは塩水でよく洗って泥や砂を落とし、きれいに整えたら、紐で束ねて軒下に吊るす。

乾燥させることで、潮臭さが抜け、旨味がぎゅっと凝縮されるのだ。


ほんのりと陽にあたって、表面が乾き始める頃には、もう海草特有のぬめりも消えていた。


「リーナちゃん、何してるの?」


厨房に顔を覗かせたアンナが、興味深げに声をかけてきた。


「新しい出汁を試してるんです。きっと今までにない味になります」


夕方、日が傾くころ。しっかり乾燥させたツチタケからは、まるで山の奥の落ち葉のような芳醇な香りが立ち上っていた。干す前の土臭さは跡形もない。


「……よし」


リーナは鍋に水を張り、ツチタケを静かに浮かべて火にかける。やがて部屋中に、深く落ち着いた香りが満ちていく。


ひとくち――


「……すごい……やっぱりしいたけの出汁……」


続けて、軽く乾燥させたウミクサを水に戻し、弱火でゆっくりと煮出す。

すると、鍋からは柔らかく上品な潮の香りが立ちのぼった。


そして、2つの出汁を合わせた瞬間。


「これ……合わせ出汁」


ひとくち含むと、口の中にじわりと広がる複雑で奥深い旨味。塩味ではなく、素材そのものが持つ力強くも繊細な味。


懐かしい味――あの記憶の中の、日本の朝。


リーナの目に、涙が浮かんだ。


「これ……何度も味わった、あの懐かしい味……」



リーナは出汁の仕込みを終えると、もうひとつの準備に取りかかった。


手にしたのは、市場で手に入れた白身魚。干したものを戻し、骨を丁寧に取り除いた後、包丁で細かく叩いていく。


「おそらくタラに似た魚……身がしっかりしてるから、すり身にできそう」


細かくした魚を鉢に入れ、塩をひとつまみ。ゆっくりと手のひらで押しつぶすように練り続けると、ばらばらだった身が次第にまとまり、粘りを帯びてきた。


「よし……このまましっかり練れば……」


ねっとりと糸を引くようになったすり身に、香味づけとして刻んだシロネギを加える。団子状にまとめたものを、沸騰した鍋にそっと落とすと、やがて表面が白くなり、ふわりと浮かび上がってきた。


「うん、崩れてない。成功ね」


満足げにうなずいたリーナは、鍋から取り出した練り物をそっと冷まし、丁寧に容器に移した。


合わせ出汁も、火を止めて静かに落ち着かせる。ツチタケとウミクサの旨味が溶け込んだ黄金色の液体からは、なんとも言えない深みのある香りが漂っていた。


少し味見をしてから、リーナは静かに呟いた。


「本番は、明日の昼にしよう。ちゃんと仕上げて、胸を張って出せる料理にして」


* * *


昼の営業が始まり、リーナは早速、新しい出汁を活かした煮物を用意した。


シロネギとカライモに加えて、昨日仕込んだ魚のすり身団子をたっぷりと。

ふんわりとした食感と優しい塩気が、合わせ出汁とよく馴染む。


鍋の中でコトコトと煮込まれていくうちに、シロネギの甘みがじんわりと溶け出し、練り物からはさらに深みのある旨味がにじみ出す。


さらに、カライモをすりおろして薬味にし、小皿に分けて添えておいた。


常連のトムがいつもの席に座り、煮物をひとくち口に運ぶ。


「……今日のはまた、全然違うな。深い味だ」


その顔がみるみるうちに驚きに変わる。


「野菜と……これ、魚か? それだけで、こんなに旨味が出るとはな……」


リーナはにっこりと頷いた。


「出汁を変えたんです。干したツチタケとウミクサを合わせてみたら、びっくりするくらい味に厚みが出て」


「なるほど、出汁か……たしかに、汁を飲むだけで元気になりそうだ」


「よかったら、これも一緒にどうぞ」


リーナは、小皿に盛ったカライモおろしを差し出した。


「煮物の端につけて食べてみてください。辛味がアクセントになって、味が締まります」


トムが恐る恐る少し口に含む。


「うっ……辛っ!? でも、後から甘くなるな……これは不思議だ」


「カライモは、加熱やすりおろし方で味が変わるんです。薬味にすると意外と合うんですよ」


店内のあちこちからも、感嘆の声が上がりはじめていた。


「この煮物、すごく優しい味……でも、しっかりしてて物足りなくない」


「シロネギ、甘い! こんなに美味しいものだったなんて」



* * *


夕方、ベラがふらりと顔を出した。


「どうだった?市場の戦利品は」


「大成功でした。出汁も煮物も大好評で!」


試しに合わせ出汁を小さな器に注いで差し出すと、ベラは目を丸くした。


「えっ……これ、本当にあの地味な素材で作ったの?うそみたい」


「みんな知らないだけで、すごい力を持った食材ってあるんですね」


「……あの店の連中、きっとびっくりするわね。今度一緒に報告しに行きましょう!」


「ぜひ!」


* * *


その夜、リーナは新しく手に入れた食材を眺めながら考えていた。


鑑定能力のおかげで、誰も価値に気づいていない食材を見つけることができた。


「明日からは、もっと本格的な和食が作れるわ」


ツチタケとウミクサの合わせ出汁。シロネギとカライモの活用法。


次は何を作ろうか。


窓の外に広がる街の明かりを眺めながら、リーナは新しい料理への想いを膨らませていた。市場での出会いが、また新しい扉を開いてくれたのだ。

読んでいただきありがとうございます!

今日のごはん、煮物にしようかな。優しい出汁の香りって、なんだか心まで温まりますよね。

皆さんの食卓にも、少しだけ和の味わいが届きますように――


次回はまた、新しい食材との出会いがあるかも?お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
カライモといえば現代日本では一般的に甘藷のことだけれどもこの世界ではワサビっぽい作物なんすね。メモメモ。しっかり覚えてないと後々誤解しそう(苦笑
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