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回復と感謝

 窓から差し込む朝日が、リーナの頬を照らしていた。


 体を起こすと、以前のような重いだるさは感じない。けれど、完全に元通りとはいかず、少し動くだけで息が上がってしまう。


「……まだ無理は禁物、かな?」


 リーナは小さく息をつき、この数日間のことを思い返した。周りがどれほど心配してくれたか、痛いほどわかっている。特にジュードは、慣れない料理にまで挑戦してくれたのだ。


 キッチンに向かい、軽い朝食の準備を始める。今日はパンとスープだけにしよう。無理に何品も作って、また倒れてしまっては元も子もない。


 パンをせいろで温めながら野菜のスープを煮ていく。包丁を握る手はまだわずかに震えていたが、料理をすること自体はもう怖くなかった。


「よし、これくらいなら大丈夫」


 スープの香りが部屋に広がった頃、控えめなノックの音が響いた。


「リーナ、調子はどうだ?」


 ジュードの声だった。朝の訓練を終えたばかりなのか、少し息が弾んでいる。扉を開けると、彼は心配そうな目でリーナを見つめた。


「おはよう、ジュード。もうだいぶ平気よ」

「本当に大丈夫か? 無理してないか?」

「ありがとう。でも本当に、もうずいぶん良くなったの。簡単な料理もできるようになったし」


 リーナは微笑みながらキッチンを指す。漂うスープの香りが、回復の証であるかのように感じられた。


「そっか……それなら良かった」


 ジュードの顔に、ようやく笑みが戻る。この数日間、彼がどれほど心配してくれていたかが痛いほど伝わってきた。


「ねえ、せっかくだし一緒に朝ごはんどう? 簡単なものだけど、一緒に食べてくれると嬉しいな」

「え? いいのか?」

「ひとりだと味気ないんだよね」


 ジュードは少し目を見開き、やがて照れたように笑った。


「それなら……いただくよ。ありがとな」


 二人でテーブルにつく。パンとスープだけの簡単な食事だったが、リーナにとっては今できる精一杯の料理だった。


「ん! やっぱりうまいな。リーナの作るものは、どんなものでも格別だな」

「そんな、大したものじゃないのに」


 ゆっくりと朝食をとり、食器を片づけ終えるころには、体の疲れよりも心地よい充足感の方が大きくなっていた。


「ふぅ……やっぱり誰かと一緒に食べると美味しいね」


 リーナが笑い、ジュードも「そうだな」と微笑む。

 その穏やかな空気を破るように、再び扉を叩く音が響いた。


「おはよう、リーナさん」


 扉の向こうに立っていたのはロドリックだった。手には丁寧に布で包まれた小さな籠を抱えている。


「ロドリックさん! おはようございます。どうぞ入ってください」

「お邪魔する。体調はどうだ?」

「おかげさまで、ずいぶん良くなりました」


 リーナは立ち上がって深々と頭を下げた。


「ロドリックさん、本当にありがとうございました。あの雑炊のおかげで、すごく元気が出ました」

「あ、いや……そんな、大したことじゃない」


 ロドリックは慌てて手を振った。


「でも、あの雑炊で元気になってもらえたなら何よりだ。ジュードの想いも、たくさん詰まってたからな」

「ジュードも、慣れない料理に挑戦してくれて。お二人のおかげです」


 ジュードも照れくさそうに頭をかいた。


「俺は別に、大したことはしてないよ。むしろロドリックさんに迷惑かけっぱなしだったし」

「そんなことないよ。あのとき、ジュードが看病してくれなかったら……」


 リーナは支えられた日を思い返す。あの日、一人では立ち上がることもできなかった。


「本当に、お二人には感謝してもしきれないです」

「リーナさんには、いつもこちらがお世話になってるから」


 ロドリックは籠を差し出した。


「これ、街の果物屋で見つけたんだ。疲労回復にいいらしい」


 籠の中には色鮮やかな果物が並び、見ているだけで口の中に爽やかな酸味が広がるようだった。


「ありがとうございます! でも、そんなに気を遣わなくても……」

「これくらいは当然だ」


 三人で果物を分け合いながら、柔らかな笑い声が部屋に広がっていく。リーナは改めて、自分がどれだけ恵まれているかを感じていた。


「そうだ、ジュード!」


 ふと思い出したように、リーナが声を上げる。


「実はね、前からずっと気になってたことがあるの」

「なんだ?」

「海産物のこと!」リーナは身を乗り出した。


「この辺の魔物の肉については知識が増えたけど、海の食材のことは全然わからなくて。きっとまだ見たことのない美味しい食材がたくさんあると思うの」


「海産物か……」ロドリックも興味深そうに頷く。


「私も、海の食材は詳しくないな。内陸育ちだから」

「そうなんですね。でも海には、陸とはまるで違う食材があるはずだし、新しい料理のヒントにもなりそうで……」


 リーナの瞳がきらきらと輝いた。体調を崩す前から、海の食材にはずっと心を惹かれていたのだ。


「港町に行って、自分の目で確かめてみたいの。ただ、一人で行くのはちょっと不安で……」


「港町か」ジュードは顎に手を当てて考える。


「ああ、そういえば騎士団の巡回任務で沿岸部に行く予定がある。来週からだ。港町もその中に入ってる」

「本当!?」

「ああ。任務の妨げにならない同行なら、許可は取りやすいと思う」


 リーナの表情がぱっと明るくなる。


「そういえば、港町の方でオオカヅラって魔物が問題になってるらしい」


「オオカヅラ?」リーナは聞き慣れない名前に首をかしげた。


「魔物の名前だ。詳しいことはよくわからないけど、港町の人たちが困ってるって話を聞いた」


「魔物か……」リーナの胸が高鳴る。未知の魔物には、いつも好奇心をそそられる。


「もしかしたら、その魔物も食材として使えるかもしれないね」

「それもあり得るな。騎士団としても現地の状況を把握しなければならないし」

「海の魔物か……どんな味がするんだろうな」

「行ってみないとわからないな」


 ジュードは立ち上がった。


「リーナ、体調は本当に大丈夫か? 港町まではそれなりに距離があるぞ」

「うん、もう大丈夫。でも無理はしないようにする」


 リーナはきっぱりと頷いた。


「あ、それから結構長い滞在になるかもしれないし、店はしばらく休業した方がいいかもしれないな」

「うん、ちょっと考えておくね」

「もし許されるなら、私も一緒に行きたい。海の食材にはとても興味があるから」

「ロドリックさんも?」

「ああ。料理人にとって、新しい食材を知ることは大きな学びになる」


 リーナは嬉しそうに微笑んだ。


「あっ、そうだ! マルクさんとアンナさんにも久しぶりに会えるかも!」

「ああ! マルクさんたち引っ越し先が港町だったな!」


 あの二人の優しい笑顔を思い浮かべると、懐かしさがこみあげてきた。


「そうか。それなら現地での案内も頼めるかもしれないな」

「うん!」


 三人は顔を見合わせ、新しい挑戦への期待を込めて笑い合った。


「よし、すぐに団長に相談してみるよ。騎士団の任務に同行する形なら許可が出ると思う」

「お願いします!」


 リーナの声が弾む。


「海の食材、どんなものがあるんだろうね」

「楽しみだな」


 港町では、どんな発見が待っているのだろう。まだ見ぬ食材や出会いが、きっとそこにあるはずだ。


 リーナの心は、久しぶりに希望で満たされていた。

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― 新着の感想 ―
こんばんは。 港町→海産物→美味しい焼き魚などの和食の充実を図れますね! 後はやっぱりタコやイカみたく『ファンタジーあるある、お魚以外は食べる文化がない(タコはリアルでも食べない国有りますし)』も期…
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