騎士団料理人ロドリックの指導 第1回~トマトと卵の炒め物~
朝の陽光が石造りの騎士団厨房に差し込む。広いスペースには調理台が整然と並び、八名の料理人がそれぞれの持ち場についた。
「「おはようございます、料理長」」
次々と挨拶を交わす料理人たちの中で、料理人のオーリは入団してまだひと月の新人ヒコスと並び立った。ヒコスは憧れの料理長の指導を前に、期待で胸を膨らませている。
「今日は何の料理かなぁ」
オーリは苦笑する。ロドリックの料理の腕前は誰もが認める素晴らしさだ。だが、街の人気店『アンナの食卓』の料理を味わってから、どうにも様子がおかしい。以前は「火を強めろ」「塩を加えろ」と簡潔な指示を出す、職人気質の料理人だった。
そんな二人の会話の最中、料理長ロドリックが前に立った。
「全員、集合」
料理人たちが声を揃えて整列する。
「本日の献立はトマトと卵の炒め物だ。まずトマトを八等分にくし切りに」
ロドリックは真剣な表情で淡々と説明を始めた。この段階は、まだ普通の料理指導だった。
「卵はボウルに落とす。そこにフェングリフの出汁を加え、混ぜろ」
料理人たちは手際よく作業を進める。オーリもヒコスも、慣れた手つきで材料を準備していった。
「いつもこうなんじゃないんですか?」
ヒコスが小声で尋ねる。オーリは静かに首を振った。
「いや、これからだと思うぞ?」
「フライパンにバターを入れて、香りが立ったらトマトを並べろ。中火で焼き、火が通ったら醤と砂糖を加えるんだ。混ぜるときはヘラで優しく、無駄な力は要らん」
プロ中のプロの指導に、料理人たちも元気よく「はい!」と返事をする。
だが、オーリの予感は的中する。
フライパンの熱でトマトの皮が小さく破れ、その甘酸っぱい香りが厨房に満ちた瞬間、ロドリックの目がきらりと輝いた。
「ああ、始まった!」
オーリは天を仰ぐ。料理人たちの動きがぴたりと止まった。
「この紅、まるで暁に咲く花弁! 砂糖の甘みは恋のささやき、醤の香りは遠い潮風。この二つの融合こそが、恋の始まりを思わせる高揚感を生むのだ」
ヒコスが困惑する中、ロドリックはもう止まらない。
ベテラン勢は諦めたように肩をすくめ、呆然としているヒコスに、オーリは小声で囁いた。
「料理長、最近なんだ。『アンナの食卓』の料理を食べてから、すっかりあの店のファンになっちゃってな。そこから気分が高揚するとああなっちゃうんだよ」
ロドリックの指導は続く。
「卵を流し入れよ! 雲が空をかけめぐり、やがて陽は射し込むのだ! 混ぜろ! 揺らせ! だが早まるな! 半熟こそが儚き夢の象徴!」
オーリは声を震わせ、意味を咀嚼する。
「要するに、混ぜ過ぎず、半熟にするということですか!?」 「そうだ!!」
ロドリックが力強く頷く。
料理人たちは慌てて作業を再開した。卵液を流し入れ、優しく混ぜて半熟状態に仕上げる。
「できました!」「完成です!」
次々と声が上がり、最後の一混ぜで火が止められた。ロドリックはスプーンで一口掬い上げ、眼を閉じた。
「紅の果実がほろりとほどけ、波の音が舌に残る。甘酸っぱさは若き日の恋。旨さは理を超える」
料理人たちは唖然とする。ヒコスは恐る恐る味見する。そして感動のあまり、低い唸り声が唇の隙間から漏れた。
「うまい! やっぱり、すっげえうまいっす!!」
トマトの酸味と卵の優しさが絶妙にマッチし、砂糖の甘みが全体をまとめ、醤の香りが深みを与えている。
「毎回思うけどさ、変わったこと言ってても料理は間違いなく美味いんだよな」
オーリは一口含み、眼を閉じた。喉の奥から低い声が漏れる。料理人たちが次々と味見をして、感嘆の声を上げる。ヒコスは感動で声を震わせた。
「料理長の指導、僕は好きです。普通の説明だけじゃ分からない、料理の『心』みたいなものを教えてくれる気がします」
「心……か」
オーリは苦笑しながらも、心の底で納得している自分に気づく。ロドリックは木べらを置き、深く息をついた。
「さあ、騎士たちの朝食の時間だ。今日も心を込めて作ろう」
「はい!」
料理人たちが元気よく返事をする。オーリとヒコスは配膳の準備をしながら会話を続けた。
「料理長、変わったけど、料理への愛情は変わってないよな」
「むしろ、前より深いんじゃないですか? リーナさんって方の料理、一度食べてみたいですね」
二人の会話を聞きながら、ロドリックは小さく微笑んだ。今日も騎士団の厨房に、美味しい料理と熱い指導が響いている。
いつもお読みいただきありがとうございます!
ロドリック料理長は、今日も元気に詩的です。定期的に開催しようかな……(笑)
評価、ブックマーク、感想、リアクション、すべて本当に励みになっています。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします!




