表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/126

最高の仲間たち

 夏至祭、三日目の運営は、驚くほど淀みなく流れていた。職人たちは迷いのない動きで料理を仕上げ、ボランティアたちは満面の笑みで客を誘導していた。


「肉巻きおにぎり串を、五本お願いします!」

「はい、少々お待ちください!」


 職人たちは、この二日間ですっかり手慣れた様子を見せていた。手早くご飯を握り、薄切り肉を迷いなく巻きつけていく。数日前とは別人のような手際の良さだった。


 串から立ち上る湯気は、(ジャン)の甘辛い匂いを風に乗せて運び、鼻腔を強くくすぐる。肉の照りは、まるで飴細工のように光を反射し、その場にいるすべての者の目を奪った。


「わあ、本当に美味しそうね!」


「お好み焼きはいかがですか?」


 隣の屋台では、別の職人が鉄板の上で生地を返している。特製ソースが熱い鉄板にかけられ、「ジュッ!」という景気の良い音を立てた。甘く香ばしい湯気が勢いよく上がり、ソースの芳醇な香りが肉の匂いと混ざり合い、祭りの活気を一層高めていた。


「この料理も珍しいわね」


 客の女性が目を輝かせる。連れの子どもたちも、その鉄板から視線を釘付けにしていた。


「子どもたちも喜びそうね。家でも作れるかしら?」


 ボランティアの案内を聞き、女性は即座に「ぜひ試したい」と意気込んでいた。リーナは美食エリアを見回す。誰もが自信に満ちた表情で接客に臨んでいる。


「今年の祭りは最高だった!」

「来年も絶対にまた来る!」


 客たちの歓喜の声が、エリア全体に重なり合っていた。

 空はまだ明るいものの、日差しは少しずつその勢いを弱め、広場には名残惜しむようなひんやりとした風が吹き始めていた。そして、空が橙に染まる前の、午後の早いうちに、彼らの料理はすべて完売した。


「完売だ!」


 誰かが叫ぶと、歓声の渦が美食エリアを駆け巡る。


「やったー!全部売り切ったぞ!」

「うちの屋台も空っぽだ!」


 リーナは両手をきゅっと握りしめた。三日間ですべて売れた。喜びが全身を満たしていく。

 ガードルートは口元に深い笑みを刻み、腕を組んだ。


「上出来だ! 陽が高いうちに完売とは、想像以上の成果だ」


 マルセロが帳簿を持ちながら感嘆の息を漏らす。


「これだけ早く片付けられるなら、打ち上げもゆっくりできそうですね」

「だな! さっさと片付けを急ぐぞ!」


 やがて片付けが終わるころには、空は深い橙に染まっていた。屋台の木枠が取り外される乾いた音が広場に響き、人通りはまばらになっていく。


 あれほど喧騒に満ちていた美食エリアには、心地よい静けさが訪れた。風に乗って運ばれてくるのは、薪と炭の落ち着いた香り、そして遠くで笑う人々の声だ。


 広場の石畳は夕陽の残光を受けて金色に輝き、空気は祭りの余韻でまだ暖かかった。


「さて、乾杯の準備はいいか!」


 ガードルートの声が響き渡る。


「今日はみんなで盛大にやるぞ!」

「おーっ!」


 空には濃い藍が広がり、小さな星が瞬きはじめた。ランタンの柔らかな光が、集まった輪を優しく照らしている。


「それじゃあ乾杯だ!」


 ガードルートが高く杯を掲げた。


「夏至祭、最高だった!みんな、本当にお疲れ!」

「お疲れーっ!」


 全員が杯を打ち鳴らす。乾いた音が夜空に弾け、そこに解き放たれたような笑い声が重なった。


 ギルバートが立ち上がり、Tシャツを脱ぎ捨てる。鍛え上げられた二の腕がランタンの光を受け、その影が広場に踊った。


「見ろ! この筋肉! 祭りの力仕事でさらに鍛えられたんだぞ!」


 ボランティアの女性が顔を覆い、職人たちが腹を抱えて笑う。その隣で、マルセロがおもむろに鞄を開き、几帳面に()じられた計画書を取り出した。


「さて……来年の計画書、ですが」

「やめろーーーー!!」


 ガードルートは雷のような怒声とともにテーブルを叩いた。叩いた衝撃で、周囲のジョッキが音を立てて揺れる。


「酒の席で仕事の話すんじゃねえ! 今日くらい忘れろ!」

「ですが、未来を考えるのは大事です!」

「呑め! いいからその計画書と一緒に呑み込め!」


 職人の一人が、マルセロの紙束をそっと取り上げ、代わりにジョッキを無理やり持たせる。周りからは「マルセロさん真面目すぎ!」「今日くらい休んでくれ!」と声が飛び交い、場は再び爆笑の渦に包まれた。


 職人たちの自慢げな声が、ランタンの光の下で波のように広がる。誰もが己の料理の優秀さを主張し、その熱気は酒の力を借りてさらに高まっていた。


「いやいや、今年一番売れたのはうちの屋台だって!」

「何言ってんだ! うちの串焼きが一番行列できてただろ!」


 それぞれが自分の屋台を主張する。鉄板焼きの香り、べっこう飴の美しさ。次々に自慢が飛び交い、誰もが譲らない。


「おいおい、落ち着けって!」ガードルートが手を振った。「決着つかねぇだろ!」


「だったら来年、料理コンテストやったらいいんじゃねーか?」


 ギルバートの叫びに、場の空気が一気に沸騰した。


「いいな、それ!」

「俺が優勝してやる!」

「屋台の数も倍にしようぜ!」


 次々に声が飛び出し、みんなの瞳が星のように強く輝く。


 ガードルートがニヤリと笑い、リーナを指差した。


「おい、リーナ! お前はどうするんだ?」


 リーナは一瞬息を呑んだ。その場の熱と光を全身で受け止める。高揚の波が、体の奥から湧き上がった。

 大きく息を吸い込むと、彼女の声は夜空へ向かって響き渡った。


「来年は、今年よりもっと、もっとすごい料理を作ります! そして、私が料理コンテストで優勝します!」


 再び笑い声と歓声が渦を巻いた。


「さっすがリーナだ!」

「リーナが出たら勝てねーよ!」

「そこはみんなで頑張って勝つんだよ!」


 ガードルートが杯を高く掲げる。


「アードベルを、ブランネル王国随一の美食の街にするぞ!」

「おーっ!!」


 歓声は夜空を突き抜けるように響いた。笑い声と熱気は途切れることなく広場から流れ出て、夜風がそれを遠くまで運んでいく。リーナは全身でその熱と光を感じていた。来年が楽しみだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 肉のフェスとかやって欲しい…
こんにちは。 無事屋台も完売、皆さんお疲れ様でした! リーナも感じてましたが、来年も皆で楽しく・今回以上に盛り上がるお祭りを開催出来たら良いですなぁ…。その時はジュードさんとの関係も…?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ