昼下がりの祭り歩き
夏至祭の二日目。昨日の経験が活かされ、美食エリアの運営は驚くほどスムーズに進んでいた。職人たちはてきぱきと作業をこなし、ボランティアたちもすっかり板についている。番号札の仕組みも定着し、客たちは落ち着いて順番を待っていた。
「今日は昨日よりずっと楽だな!」
職人のひとりが額の汗を拭い、快活に笑った。
「皆、慣れてきましたね」
リーナも安堵の笑みを返した。午前中の慌ただしさが落ち着き、昼時のやわらかな空気が場に満ちていく。
「リーナ」
声の主は、いつの間にかそばに立っていたガードルートだった。
「午前は無事に終わったな。働きづめじゃ体がもたん。職人たちも順番に休んでるんだ。おまえも休め」
呆れたように肩をすくめるその言葉には、リーナが無理をしていたことへの優しい気づかいが滲んでいた。
「午後はまた慌ただしくなる。今のうちに元気を蓄えておくんだ」
ぽん、とガードルートが肩を軽く叩いた。
「せっかくの祭りだし、昼の空気も見てくるといい」
言い淀むリーナの耳に、明るい声が届いた。ちょうどジュードが歩み寄ってきたのだ。
「リーナ! お疲れさま! 俺のほうもちょうど休憩中なんだ」
「ジュード! 警備、お疲れ様」
ジュードはにっと笑い、親指を立てた。
「せっかくだし、一緒に祭りを見て回らないか? 昨日は少ししか見られなかったし、昼の祭りも面白いと思うぜ」
ガードルートがにやりと笑った。
「ほら、ちょうどいいじゃないか。二人で行ってこい」
「お言葉に甘えて、少しだけ休ませてもらいます」
リーナは深々と頭を下げた。
昼下がりの広場は、夜とはまるで別の表情を見せていた。陽光が屋台の色をいっそう鮮やかに映し出し、家族連れや恋人たちが笑い合いながら行き交っている。夜はランタンの灯りで幻想的だったが、昼は活気に満ち、ただただ楽しかった。
「時間帯でまるっきり表情が変わるのが、祭りの面白いところだよな」
ジュードが力強く頷き、二人は屋台の間をすり抜けるように歩き出した。
「あっ、焼きトウモロコシ! 昨日は匂いだけで終わっちゃったから、今日は食べたいな」
「よし、買おう!」
二人は屋台に近づき、濃い焼き色のついたトウモロコシを受け取った。甘い香りに、リーナは顔をほころばせる。外皮が口内で軽く弾け、下から熱い蜜のような甘さが喉元を通り過ぎていった。香ばしい焦げの香りが鼻を抜け、その余韻に知らず知らずのうちに口元がゆるむ。
「ああ、美味しい……!」
「だろ? 俺、ここのトウモロコシ好きなんだよ」
ジュードも頬張りながら満足げに微笑んだ。
「お、あちらは雑貨の屋台だな。寄って行こう」
「うん!」
雑貨エリアには、色とりどりの手作り品がぎっしりと並んでいた。布製品、木工品、陶器、小さな装飾品まで、どれも作り手の思いがこもっている。リーナはキラキラした瞳で品々を眺め、美しく染められた布の前で足を止めた。
「この染め方、すごく繊細だね」
「この街の職人は腕がいいからな」
ジュードが得意げに胸を張る。彼が立ち止まったのは、小さな銀細工の髪飾りが並ぶ屋台だった。花や葉を象った模様が彫り込まれ、銀が太陽の光を反射してきらめいている。
「すみません、これ見せてもらっていいですか?」
「ええ、どうぞ。この花は、この街の野花がモチーフなんです」
店主が柔らかく微笑んだ。ジュードは髪飾りから視線を上げ、リーナを振り向いた。
「リーナ、これ絶対似合うと思う」
「え……?」
耳まで赤くしたジュードが俯く。日頃の感謝を形にしたかった。祭りで誰よりも頑張っていたリーナへの、ちょっとしたご褒美。
こんな素敵な、気持ちのこもった贈り物を受け取ることに慣れておらず、リーナは反射的に首を振る。
「もらってくれないか?」
「でも……そんなの……」
「いいから、いいから」
ジュードは店主へ向き直り、勢いよく声を上げた。
「この髪飾り、一つください!」
「ありがとうございます。恋人への贈り物ですね」
「えっ!? いや、その……違っ……!」
ジュードは顔を真っ赤にしてしどろもどろになる。リーナも顔が熱くなり、言葉を探すように視線を泳がせた。
「……ありがとう、ジュード」
リーナは銀色の包みをぎゅっと抱きしめた。
「こんなに素敵な贈り物、初めてだよ」
「そう言ってもらえると、俺も嬉しいよ」
ジュードが、照れ隠しのように屈託のない笑顔を見せた。
二人はそれから祭りを巡り続けた。豚串を半分ずつ頬張り、職人の器に感嘆の息を漏らし、大道芸には拍手を送った。特別なことは何もなかったが、ジュードと過ごす時間は、喜びに心が浮き立つほど心地よかった。
「あ、もうこんな時間」
リーナが空を見上げる。
「そろそろ戻らないと」
「そうだな。また忙しくなるし」
ジュードは名残惜しそうに肩をすくめた。
「でも、今日楽しかったよ」
「私も。本当にありがとう、ジュード」
リーナは髪飾りを抱きしめ、微笑んだ。
「夜の祭りも良かったけど、昼は昼で全然違う楽しさがあるんだね」
「昼の方が賑やかだよな」
「来年は、もっと色々な屋台が出るかもね」
「絶対出るさ。アードベルの祭りはどんどんすごくなる」
「美食の街アードベル、ですね」
リーナの瞳がきらりと輝く。
「だよな。俺もそう思う」
二人が美食エリアへ戻ると、ガードルートが大きく手を振った。
「おかえり。どうだった?」
「すごく楽しかったです! ありがとうございました、ガードルートさん」
「そりゃ良かった! さあ、午後の準備にかかるぞ!」
職人たちも次々と持ち場へ戻り、美食エリアに活気が戻っていく。リーナは胸に銀の包みを抱え、午後の仕事へ向かって歩き出した。祭りの賑わいは、まだしばらく続きそうだった。




