祭りの夜のお誘い
夕日が噴水広場をやわらかく染めていく。
美食エリアの片付けもひと段落し、職人やボランティアたちは、心地よい充実感を滲ませながら作業を終えていた。
リーナが深々と頭を下げると、大工のトムが豪快に笑う。
「何言ってるんだ、リーナちゃん! こっちこそ楽しませてもらったよ」
「明日もお願いいたします」
「今日の経験を活かせば、明日はもっと上手くいくはずです」
疲れはあったが、皆の表情は誇らしげだった。この一日、本当にみんなで頑張れたのだ。
職人たちが次々と広場を後にする中、リーナはひとり、明日へ向けて最後の整理を続けていた。
「お疲れ! リーナ」
背後から聞き慣れた声がした。リーナが振り返ると、そこには私服に着替えたジュードが立っていた。警備を終えたばかりなのだろう。琥珀色の瞳が、リラックスした輝きを放っている。
「ジュード? もう警備は終わったの?」
「ああ。夜の部は別の班が担当だしな」
ジュードはリーナの隣に歩み寄り、軽く息を吐いた。
「今日はすごかったな。朝の心配が、まるで嘘みたいだ」
「うん。最初はどうなるかと思ったけれど、みんなのおかげで何とか乗り切れたわ」
「いや、リーナが引っ張ったからだろ。少し休んだ方がいい。明日の準備は、朝でもできるんじゃないか?」
「でも……」
「せっかくの祭りなんだ。少しは楽しもう!」
リーナは驚いて目を見開く。
「俺、今日はずっと仕事で、他の屋台を見て回れてないんだ。……よかったら、少しだけ一緒に回らないか?」
たしかに、リーナもずっと美食エリアに詰めていた。
「……じゃあ、本当に少しだけ」
「よし!」
ジュードの顔が、太陽のように明るくなった。
夕暮れの広場は、昼間とはまったく違う表情を見せていた。ランタンの灯りが次々と灯り、あたたかい光が石畳を照らす。風に乗って、音楽や人々の笑い声が流れてくる。夜の祭りの幻想的な空気に、リーナは息を呑んだ。
「きれいだろ? 夜の祭りって、昼とは全然違う空気になるんだ」
ジュードが隣で満面の笑みを浮かべ、二人は並んで歩き出す。
美食エリアの外には、焼きトウモロコシの香ばしい匂いや豚串のジューシーな香りを漂わせた屋台が軒を連ね、色とりどりの雑貨と共に活気に溢れていた。
「あっ、リーナさん!」
声をかけられて振り向くと、出汁を売る屋台の男性が目を輝かせていた。リーナが笑顔で応じると、彼はうれしそうに続ける。
「リーナさんに教えてもらった出汁と辛いスープ、大人気なんです! お客さんたち、『こんなに美味しいスープは初めて』って言ってくれて」
隣にいた女性も深く頷いた。
「ラー油を入れた辛いスープも、大評判で。おかげで今年は売れ行きが全然違うんです!」
「そうですか! 私も嬉しいです!」
屋台の二人に見送られ、再び歩き出す。
「嬉しそうだな」
ジュードが横目でリーナに問いかける。
「うん。自分の料理が、ちゃんと役に立ってるんだなって思うと、もう……最っ高に嬉しい!」
「リーナの料理が、この街にちゃんと根付いている証拠だよ。去年までの祭りとは、熱気が全然違う。今年は、みんな美味しいものを求めてる。食べ歩きが楽しい祭りになったのは、間違いなくリーナのおかげだ」
ジュードの真摯な瞳が、まっすぐにリーナを射抜く。リーナの頬は、夕焼けの名残のように朱に染まった。
「ありがとう、ジュード」
ジュードはポンと手を叩いた。
「そろそろ送ってくよ。夜の道は危ないからな」
「え? いいの?」
「当たり前だろ! ほら、行こう!」
リーナは、こみ上げる笑みを抑えきれずにうなずいた。
二人は肩を並べ、ランタンの光が揺れる夜道を歩き出す。足元の石畳に映る二人の影は、寄り添うように並んでいた。
ジュードと歩く帰り道が、これほど心地良いものだとは、今までは想像もしなかった。
「今日はありがとう、ジュード」
「こっちこそ! すごく楽しかった」
ジュードは照れ隠しのように頭をかく。
「また明日、最高の一日にしような!」
「ええ。また明日!」
アンナの食卓の前で手を振り合い、ジュードは夜の街へと消えていった。




