予想を超える反響
「皆さん、午後の仕込みを──」
リーナが声をかけようとした、そのとき。
ふと顔を上げると、美食エリア全体に長い行列ができていた。肉巻きおにぎり串の屋台にも、お好み焼きの屋台にも、べっこう飴の屋台にも──どこもかしこも人、人、人。
「え……?」
いつの間に、こんなに人が? 午前中とは明らかに違う。まるで別世界のような賑わいだった。
「リーナさん!」
マルセロが息を弾ませながら駆け寄ってきた。
「どうやら、午前中のお客様が、家族や友人を連れてきてくれたようです。『美味しい料理があるから』って、人づてで広がってるみたいですよ」
「えっ?」
リーナは美食エリアを見回した。確かに、午前中に来た年配の夫婦が、今度は家族総出でやってきている。若い女性グループの一人も、恋人らしき男性を連れて戻ってきていた。
「本当に美味しいのよ」
「騙されたと思って食べてみて」
「あの肉巻きおにぎり串、絶対食べた方がいい」
そんな声が、行列のあちこちから聞こえてくる。
午前中とは比べものにならないほどの活気に包まれていた。行列はどんどん伸び、噴水広場の端まで続いている。
「うそ……」
リーナは思わず声を漏らした。
嬉しい。こんなに喜んでもらえるなんて。
でも同時に、新たな不安も浮かんでくる。この人数を、きちんと対応できるだろうか?
「このままだと、予定より早く完売しちゃいそう」
ガードルートが見回しながら言う。
「どの屋台も大繁盛だ。問題は、待ち時間が長くなることだな」
確かに、行列の後ろの方では、子どもたちが退屈そうにしている姿が見える。
「まだかな?」「お腹すいたよ」そんな声も聞こえてきた。
お好み焼きの屋台では、一人の男性が困ったような顔で尋ねている。
「すみません、あとどれくらい待ちますか?」
「え、えーと……」
対応していたボランティアのソフィアが、困ったように視線を泳がせた。マルセロが丁寧にフォローするが、他の屋台からも同様の声が上がり始めている。
「待ち時間が長すぎる」
「子どもが疲れちゃって」
リーナの胸がきゅっと締め付けられる。せっかく来てくれたお客さんに、嫌な思いはさせたくない。
でも、このままでは──
「どうしよう……」
ガードルートが力強く声を張り上げた。
「緊急対策会議だ。集合!」
美食エリアの一角で、協議会メンバーが素早く集まった。
ガードルートが手際よく状況を整理する。このペースでは予定より早く完売するが、待ち時間が長すぎる。マルセロは顧客の苦情増加を報告する。リーナは唇を噛んだ。喜んでもらうために始めた美食エリアで、お客さんに不快な思いをさせるなんて、本末転倒だ。
「番号札を配布しましょう」
マルセロが提案した。
「待ち時間の目安をお伝えして、一度他の屋台を楽しんでもらう方法があります」
「それはいい案ですね」
「ただ、根本的に調理スピードを上げる必要もあります」
「調理法を簡略化するか?」
「いえ、味を落とすのは絶対に嫌です」
リーナは首を振った。料理人としての揺るぎない信念が込められていた。
「でも、同時に作れる量を増やすことならできると思います。かまどや鉄板をさらに増やせませんか?」
「任せろ」
ガードルートが即答する。
「職人組合に連絡して、予備の設備を持たせる。三十分もかからず設置できるはずだ」
「私は番号札を準備します」
「ボランティアの皆さんには、列の整理と説明をお願いできますか?」
「もちろん!」
ベラとソフィアが声を揃えた。
「よし、作戦開始だ」
リーナは深く息を吸い込んだ。予想以上の人気は嬉しい。けれど、それに応える責任もある。みんなで力を合わせれば、きっと乗り切れるだろう。
「皆さん、午後も頑張りましょう!」
番号札作戦は見事に成功した。
列の空気も随分和らぎ、人々は祭りのほかの屋台を見物に出かけたり、噴水広場の座席でゆっくり座って待ったりしていた。
追加の設備が各屋台に設置され、調理能力が大幅に向上した。リーナは各屋台を見回りながら、職人たちの様子を確認していく。
「リーナさんの指示通りに作れば、美味しくできますね」
肉巻きおにぎり串の屋台で、新たに加わった職人が笑顔で言う。
「皆さんが上手だからですよ」
リーナも笑い返しながら、隣のお好み焼きの屋台へと向かった。
午前中の不安が嘘のように、午後は順調に進んだ。
美食エリア全体からお客さんの「美味しい」「珍しい」「また来たい」という声が次々と聞こえてくる。べっこう飴も大人気で子どもたちに大好評だった。
「これ、きれい!」「甘くて美味しい!」
無邪気な声に、リーナの顔もほころぶ。
「売れなかったらどうしようと思ってたのに……」
ぽつりとつぶやくと、肉巻きおにぎり串の屋台付近にいたトムが豪快に笑った。
「リーナちゃんの料理なら、売れて当然だよ」
「でも、本当に予想以上で」
「それはいいことじゃないの?」
イヴァはそっとリーナの肩に触れた。
「みんなに喜んでもらえてるんだから」
午前中の不安は、もう消えていた。今はただ、目の前のこの活気に、全力で応えたいと強く思っていた。
夕方が近づくと、各屋台の在庫も残りわずかになってきた。
「このペースだと、予定通り完売できそうですね」
マルセロが屋台を見回しながら言う。
「明日は、もっと多めに準備したほうがよさそうです」
「そうですね。でも……品質は絶対に落とせません」
「もちろんだ」
ガードルートがきっぱりと言った。
「明日の朝、もう一度打ち合わせしましょう」
「今日の結果を踏まえて、最適な体制を決めましょう」
「はい」
午後四時。美食エリアの各屋台に、次々と「完売」の札が掲げられた。
「皆さん、お疲れ様でした!」
リーナが声をかけると、職人たちやボランティア全員から大きな拍手が巻き起こった。
「やったな、リーナちゃん」
トムが満足そうに言った。
「初日から大成功じゃないか」
「本当に、皆さんのおかげです」
リーナは心から感謝していた。一人では絶対にできなかった。みんなで力を合わせたからこそ、この成功がある。
売れるかどうか不安だった午前中が、もうはるか遠い昔のようだ。今は、もっと多くの人に喜んでもらいたい──その気持ちでいっぱいだった。
「明日も、美味しい料理でお客様をお迎えしましょう」
リーナの言葉に、みんなが「はい!」と笑顔で答える。
夏至祭初日の美食エリアは、大成功で幕を閉じた。




