町ぐるみの応援
夏至祭まで、あと一日。
明日から始まる夏至祭は、三日間続く大きなお祭りだ。今日はその準備として、夕方から噴水広場の隅で清掃ボランティアの説明会を開くことになっている。
「リーナちゃん!」
声の方を見ると、トムが手を振りながら歩いてきた。後ろには奥さんのイヴァと子どもたちがいる。サミーは少し緊張した面持ちで、フィンは弾むように駆け寄ってくる。
「こんにちは。今日はありがとうございます」
「いやいや、こっちこそ楽しみにしてたんだ。イヴァも張り切ってるぞ」
フィンが僕も手伝えるかと目を輝かせると、リーナは笑みを浮かべた。
「もちろんよ。みんなで一緒にやりましょう」
やがて説明会の時間になると、想像以上の人が集まっていた。ベラもソフィアも顔を見せ、料理教室の仲間たちも次々にやってくる。噴水を囲むようにできた輪の中で、人々の声が重なり合っていた。
「皆さん、今日はお忙しいところ集まってくださって、本当にありがとうございます」
リーナは一歩前に出て、深く頭を下げた。見渡せば、見知った顔ばかりだ。
「明日からの夏至祭で、皆さんにお願いしたいことがあります」
リーナは食事エリアの仕組みから説明を始めた。器の貸し出しと返却の流れ、預かり金の扱い、手洗い場の位置。一つひとつの説明にうなずく人々の表情が、少しずつ和らいでいく。
「返却された器は、すぐに洗って次のお客様に使います。その洗い物とテーブルの清掃をお願いしたいんです」
参加者の間にほっとした空気が流れた。難しい作業ではないと分かったのだろう。ベラがゴミの回収は任せてと笑い、何人かが手を挙げる。次々と声が重なっていった。
フィンも元気いっぱいに手を上げる。
「僕は何ができる?」
リーナはしゃがんで目線を合わせた。
「子どもたちにはお客様の案内をお願いしようと思ってるの。『器の返却はこちらです』とか、『手洗い場はあちらです』とかね」
「やる! 僕、大きな声出せるよ!」
周囲から笑いが起こる。サミーも控えめに手を挙げた。
「私も、できることがあったら言ってください」
照れくさそうにそう言うサミーを見て、口元がほころんだ。年下の子たちまで、こんなにも頼もしい。
「でも、本当に私たちにできるのかしら」
一人の女性のつぶやきに、広場に一瞬の静けさが降りる。その沈黙を破ったのはソフィアだった。
「できるわよ。みんなで協力すればね」
柔らかな声だった。ベラがその隣で、両手を腰に当てながら冗談めかす。
「騎士団も巡回してくれるんでしょ? なら、怖いものなしじゃない!」
笑いが広がる。張り詰めていた空気がほぐれ、人々の肩から力が抜けていった。
時間の分担も、すぐに決まっていった。三日間を午前・午後・夕方の三つに分け、それぞれ五人ずつの交代制にする。リーナが無理のない範囲で手伝ってほしいと告げると、初日の午前なら、午後ならと名前が書き込まれ、表はあっという間に埋まっていった。
リーナの店で料理を学んだ人々が、今度は自分たちの番だと語っている。ベラもソフィアも、誇らしげに笑っていた。彼女たちにとってリーナの料理は、味だけでなく日々の支えでもあったのだろう。その温もりを返そうとする想いが、人々の間に広がっていく。
フィンはさらに何か手伝えないかと身を乗り出したが、イヴァに肩を押さえられた。
「お客様が困っていたら大人に教えてね。それも大事なお仕事よ」
フィンは「うん!」と元気よく返事をした
「明日が楽しみだ!」
誰かの一言がきっかけになり、笑い声が再び広がった。リーナの料理をたくさんの人に食べてもらえる、きっと驚くはずだ、こんなに美味しい料理があったなんてと。期待の言葉が次々に飛び交っていく。
説明会が終わり、人々が帰り支度を始めたころ、ベラとソフィアが近づいた。
「本当に楽しみにしてるのよ」
「あなたの料理を、町の誇りにしたいの。私たちが支えるから、明日は思いっきりやりなさい」
ベラとソフィアの強い眼差しに、リーナは小さく笑うことしかできなかった。目頭が熱くなり、言葉に詰まる。
「ありがとうございます。本当に……本当に心強いです」
トムが大きく手を挙げた。
「よし、それじゃあ明日に備えて、今日はしっかり休むぞ!」
その声に合わせて、「おー!」という歓声が一斉に上がる。大人も子どもも笑いながら拳を掲げ、その声が夕暮れの空に響いた。
人の波が引いたあと、リーナは一人で噴水の前に立った。職人たちとの連携も整い、設備も揃った。町の人々もこうして力を貸してくれる。準備は万全だ。
(みんなが支えてくれるから、全力で頑張ろう)
明日からの夏至祭は、きっと素晴らしいものになる。料理の香りと笑い声が、この広場いっぱいに広がるはずだ。
(そうだ。ジュードとも、一緒にお祭りを回れるかもしれない)
その想像だけで、心がふっと熱を帯びた。
いよいよ、夏至祭が始まる。
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