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託す想い

 夏至祭の準備が本格化してから、リーナの毎日は目が回るような忙しさだった。昼は店の営業、午後は協議会の打ち合わせ、そしてレシピ事業の管理。もう手が回らなくなってきている。


「また注文が溜まってる……」


 カウンターの上に積まれた注文書の束を前に、リーナは小さくため息をついた。レシピを求める人は日に日に増えているのに、一つひとつ手書きで写して渡すやり方には限界が見えていた。それでも止めたいとは思わない。料理を通して誰かの笑顔を生む――その想いが、リーナの背中を押していた。


 カラン、と店の扉が静かに開いた。


「失礼します」


 姿を見せたのは、商業ギルド長のマルセロだった。


「マルセロさん、いらっしゃいませ」

「リーナさん。以前お話ししたレシピの件について、詳しい内容を持ってまいりました」


 その言葉にリーナは顔を上げた。そういえば以前、レシピ事業を商業ギルドに委託するという提案があったのを、すっかり忘れていた。


「詳しく聞かせてください!」

「はい。ギルド内での検討を経て、より現実的な案としてまとめました」


 マルセロは革の書類入れから几帳面に綴じられた書面を取り出し、テーブルに広げる。


「まず、現状の整理からさせてください」


 椅子に腰を下ろすと、彼は落ち着いた口調で話し始めた。


「リーナさんのレシピ事業は大変好評です。ですが、このままではあなたお一人で対応するのは難しいでしょう」


「……はい。夏至祭の準備と並行して管理するのは、もう限界です」

「そこで商業ギルドが販売と管理を一手に引き受け、あなたにはお店やレシピ開発に専念していただく。それが今回の提案です」


 リーナは真剣な面持ちで頷いた。


「具体的には、どんな仕組みになるのでしょう」


「まず、一般家庭向けには一品につき銅貨一枚で販売します。価格を下げることで、より広く普及させる狙いです」


「なるほど」


「そしてそのうちの一割がリーナさんの継続収入になります。レシピが売れ続ける限り、ずっと収入が入る形です」


 リーナの目が見開かれた。


「そんなふうに、続けて受け取れるんですか」


「はい。そして飲食店向けには、使用許可料として銅貨三枚から五枚を想定しています。こちらもリーナさんに還元される形です。さらに加工品として販売する場合は、その売上の一割を継続してお納めいただきます」


 マルセロの指先が示す通り、図には三つの段階に分けられた仕組みが明示されていた。


「この制度の利点は、導入の敷居が低く、段階的に事業を拡大できることです。たとえば小さな屋台がレシピを取り入れ、やがて飲食店や加工品販売へとつながっていく」


「ここまで細かく考えてくださったなんて……ありがとうございます」


 リーナは素直な感動を口にした。自分では思いもよらなかった発想と、仕組みの緻密さがそこにはあった。


「一点だけ、確認させてください」

「どうぞ」


「アレンジされた加工品の場合、どうなるのでしょう」


「軽微な変更であれば通常通り、売上の一部をリーナさんに還元します。大幅なアレンジや独自商品として認定される場合は、別途協議して判断します」


「なるほど、納得しました」


 マルセロは少し微笑んだ。


「ご心配な点は、他にありますか」

「いえ、大丈夫です。お願いします」


 二人は力強く握手を交わした。


 それから、レシピ事業の引き継ぎ作業が本格的に始まった。


「まずは今までのレシピを整理しましょう」


 商業ギルドの担当者とともに、リーナは自らのノートを一つひとつ見直していく。


「調理のポイントや注意点も、できるだけ詳しく文書にしてください」

「特に火加減や加える順番は大事ですね」

「見た目と味、両方を基準にして品質のチェックも行います」


 いくつかの人気レシピを選んで、試験的に販売を開始することになった。リーナも確認のため、調理と試食に立ち会う。


「うん、この唐揚げなら、外はカリッと中はジューシー。合格です。こちらの親子丼は……卵のとろみがちょっと足りませんね」

「承知しました。次は気をつけます」


 小さな修正を重ねながら、準備は順調に進んでいった。


 夕方、店の扉が勢いよく開く。


「リーナ!」


 ガードルートが興奮した様子で飛び込んできた。


「鉄板ができたぞ!」

「えっ、本当ですか!」


 リーナが椅子から立ち上がると、ガードルートは大きく頷いた。


「ああ、うちの職人たちが頑張ってくれてな。厚さも火の通りも、言われた通りに仕上がったぞ」

「ありがとうございます。ついに完成したんですね」


 レシピ事業は軌道に乗り、鉄板も完成した。夏至祭に向けて、大きく前へ進んだ。


「明日から、本格的に試作できるな」

「はい。明日、さっそく使ってみます」

「期待してるぞ」


 ガードルートが満足げに帰っていくのを見送りながら、リーナは静かに店内を見渡した。新しい可能性が目の前に広がっている。そう思うと、自然と笑顔がこぼれた。

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