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鉄板という革新

 マルセロが手帳を開きながら「さて」と口を開くと、厨房の空気がぴんと張りつめた。和やかな雰囲気がすっと引き締まり、場に静かな緊張が走る。


「ここからは、真剣なビジネスの話に移りましょうか」


 リーナも背筋を伸ばした。いよいよ本番だ。


「まず、焼きパスタの件ですが」


 マルセロが記録を確認しながら続ける。


「目玉焼きを一つひとつ添えるのは、コストと作業時間の面で大きな課題になります」


「どれくらいなんですか?」


 リーナが首をかしげた。


「単純に、五百食出すとすれば卵も五百個。仕入れも手間も膨大になります。それに、焼く作業が加わると、到底追いつきません」


「目玉焼き一つに時間をかけていたら、お客を待たせることになりますね」


「調理工程も煩雑になる。パスタを仕上げ、別に卵を焼き、組み合わせる。そんな余裕はないと思った方がいい」


「他の料理の進行にも支障が出るな」


 ガードルート、ギルバート、そしてマルセロが、口々に課題を指摘する。バルトロメオは穏やかに頷いた。


「とはいえ、あの目玉焼きのインパクトは大きかった。あれがあることで、料理としての完成度が格段に上がっていた」


 その言葉に、リーナは迷いなく立ち上がる。


「目玉焼きは外せません。あれも含めて『焼きパスタ』です!」


 会議室が一瞬静まり返る。マルセロが眉をひそめるが、リーナは視線を逸らさない。


 リーナは閃いた――屋台といえば、鉄板ではないか。


 お祭りの夜。大きな鉄の台の上で、お好み焼きや焼きそばがジュージューと音を立てる。一度にたくさんの料理が焼き上がり、香ばしい煙が夜風に溶けていく。あの高揚感、ワクワク感。


「大きな鉄板があれば、目玉焼きも焼きパスタも、まとめて一度に作れます! 今まではフライパンで一つずつ焼いていましたが、大きな鉄板なら違います。目玉焼きも一度にたくさん、パスタも数人分をまとめて仕上げられるんです!」


「なるほど。面白そうだ」


 ガードルートは顎に手を当てて考え込む。


「鍛冶屋に頼めば、その調理台を作るのは可能だろう」

「鉄板を使うなら、熱源はどうする?」


 バルトロメオの問いに、リーナはすぐに答えた。


「炭火が良いと思います」

「炭火か」

「はい。薪よりも火力が安定していて、香ばしく焼き上がるんです」


「祭りの雰囲気にも合うな。香りが鼻先をくすぐるような炭火焼きの煙は、それだけで食欲をかき立てる。まるで、夏の夕暮れに誘われるかのようだ」


「鉄板で音を立てながら焼かれる料理は、お客さんの前で調理するだけでも盛り上がりそうだな」


 バルトロメオが楽しげに言うと、マルセロが前のめりになる。


「ショー的な要素も加わるなら、注目度も上がる。これは面白い!」

「新しい調理法には少し慣れが必要ですが、教えれば大丈夫です」


 リーナの言葉に、全員がうなずいた。


「よし、鉄板導入で進めよう」


 バルトロメオが決断を下し、マルセロが手帳にペンを走らせる。


「予算の見直しをしましょう」

「鍛冶屋には、私が連絡を取っておこう」


 ガードルートがすぐに動き出した。


「リーナには、技術指導を頼む。任せられるか?」

「はい! 全力でやります」


 リーナの声に力がこもる。


「それにしても、一つの課題から、こんなに楽しいアイデアが生まれるとは」

「みんなで考えると、どんどん面白くなりますね」


 リーナが笑みを返すと、バルトロメオもにこやかに頷いた。


「夏至祭が楽しみになってきたな」


(目玉焼き、諦めなくて良かった)


 頭の中には、巨大な鉄板の上で立ちのぼる煙と、ジュージューと弾ける音。炭の香りが鼻をくすぐり、祭りの夜の熱気がゆっくりと浮かび上がる。


 鉄板という新しい発想が、夏至祭をどう変えるのか。今から楽しみで仕方がなかった

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