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うま味と情熱の試食会

「さあて、頑張るぞ!」


 リーナは騎士団の厨房で袖をまくりながら、気合いを入れた。


 目の前の魔石調理台には、色とりどりの野菜、パスタ、薄切りのアースボア肉、そして調味料がずらりと並んでいる。


「ロドリックさん、今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。リーナさんの新作料理、心より楽しみにしていたのですから」


 ロドリックは頬を緩め、目を輝かせた。その視線は、調理台に置かれた食材の一つひとつに丁寧に注がれている。


「特にその『焼きパスタ』というのが気になっています」

「じゃあ、まずはそこから始めましょうか」


 リーナは小さく笑って頷いた。



 リーナは鍋に湯を沸かしながら、少し太めのパスタを手に取った。


「このパスタ、少し硬めに茹でます。あとで焼くので、柔らかくなりすぎないように」


「ふむ。下茹でを短くするとは、後で焼くことを考慮してのことですね」


 ロドリックが感心したように呟く。


 パスタを茹でて、野菜と肉を炒めていく。フライパンから立ち上る香ばしい匂いに、ロドリックが目を細めた。


「おおぉ! この音! まさに料理の目覚めを告げるかのようだ」


 茹でたパスタを加えると、フライパンの中で具材が踊り出す。焼き目がつき、仕上げのソースを回しかけた。濃厚な匂いが、一気に空間を包み込む。


「おおっ? これは……!」


 ロドリックが思わず身を乗り出し、フライパンに顔を近づける。目を見開いたその表情からは、驚きと期待が溢れていた。


「小麦の香ばしさ、野菜の甘み、肉のうま味。それらを一つにまとめあげるこのソース。まさに調和の魔法!」


「このソースはなんだ? 異国の港町を旅しているかのような気分になるこの香りは……」


 最後に、焼きあがったパスタの中央に、目玉焼きを乗せる。黄身のふくらみが、まるで料理の中心に灯された太陽のようだった。


「この黄身を割って絡めて食べると、また味が変わるんです」


「ほう。ひと皿で二度楽しめる仕掛けとは、まさに演出だ。これはもう、屋台の域を超えているんじゃないか?」


 ロドリックの口調に、ほんの少し熱がこもっていた。



 焼きパスタを一品仕上げた後、リーナは次の材料に手を伸ばした。


「お次は、お好み焼きです」


 キャベツを刻む包丁の音が、トントントンと厨房に響く。生地を作り、フライパンに流し込むと、ジュウッと心地よい音が立った。


「この生地の加減が難しくて。水分が多すぎるとべちゃっとするし、少なすぎるとパサパサになるし」


「なるほど。野菜の水分量まで計算しているのですね」


 ロドリックが腕を組んでうなる。生地の上に肉を並べて焼き上げ、仕上げの甘辛ソースを塗っていく。


「ふむ、この香り。甘さと酸味、そして焦げ目の風味が折り重なる。まさに屋台の誘惑になりそうだ」


「焼きパスタのソースが、香ばしさと刺激で魅せるなら、このソースは、甘さと厚みで引き寄せる。似て非なるもの。同じ舞台に立つことはあれど、役どころはまったく異なるな」


 ロドリックの言葉に、リーナは小さく笑って頷いた。



 それから揚げパスタ、肉巻きおにぎり串、べっこう飴と次々に仕上げていく。ロドリックは、それぞれの料理が完成するたびに、興味深そうに覗き込んでは感心の声を漏らしていた。


 最後に、エールにトマトジュースを加えてレッドアイを、赤ワインにフルーツを漬け込んでサングリアを作り、冷やしておいたグラスに注ぐ。


「飲み物も、見た目と香りで楽しんでもらいたくて」

「素晴らしい。まさに、夏の宵を彩る一杯だ」


 ロドリックが満足げに頷いた。


 準備がすべて整ったところで、リーナは深く息をついた。


「では、皆さんをお呼びしましょうか」


 扉の向こうから聞こえてきた足音と共に、協議会のメンバーが続々と厨房に入ってくる。


「いい香りがするな」


 バルトロメオ団長が鼻を鳴らしながら目を細める。


「これが噂の新メニューですか」


 商人のマルセロが鋭い目で料理を一通り見渡す。


「手の込んだ料理だねぇ。作り手の苦労が伝わってくるよ」


 職人組合長のガードルートは、見た目と仕上げの丁寧さに目を留めていた。


「うまそうだな。味も期待していいんだろうな?」


 冒険者ギルドのギルバートが腕を組みながらも、香りに釣られるように前へ出る。


「では、まずは焼きパスタからどうぞ」


 リーナが一皿を差し出すと、団長がさっそくフォークを手に取った。


「うむ……これは!」


 一口噛んだ瞬間、バルトロメオの目が見開かれる。噛み締めるたびに香ばしさが口の中に広がっていくのが分かった。


「香ばしい。これは、普通のパスタとは全然違うな」

「焦げ目の風味がたまらないな。うん、これはいい」

「ソースの味わいが印象的です。材料は一般的なのに、組み合わせ次第でここまで新鮮な味になるとは」


 ギルバートが満足そうに頷き、マルセロの目がわずかに細まる。


「黄身を崩して食べると、また違う顔を見せますよ」


 リーナが声をかけると、バルトロメオがフォークで黄身を割った。とろりと広がる黄色の液体が、焼きパスタにゆっくり絡む。


「焼きの風味と黄身のコクが混ざり合って、まるで、昼と夜の味が同居しているようだ」


「焼きとろパスタ。これは、風景が浮かぶ味だ」


 ロドリックが目を閉じ、陶酔するように呟いた。


 次に配られたのは、お好み焼きだった。


 ソースの甘く濃厚な香りが漂い、一口かじれば、表面の香ばしさと中のキャベツの食感が絶妙に重なる。


「これは、野菜の甘さと、ソースのコクが見事にまとまっている」

「一品で満足感があるねぇ」


 バルトロメオが素直な驚きを見せ、ガードルートが重みのある言葉で呟いた。


「屋台料理としての完成度も高い。ボリュームがある上に材料はシンプル。これは原価も抑えられる」


 マルセロの視線が鋭くなる。すでに販売戦略を組み立てている気配だ。


 続いて出されたのは、カリッと揚がった短いパスタ。手に取った瞬間、乾いた軽やかな音がした。口に入れると、サクサクと心地よい音を立てながら砕ける。


「これは、おやつとしても十分いけるな」

「軽い食感なのに、噛むほどに小麦の匂いが広がる。酒のつまみにも合いそうだ」

「子どもたちだけでなく、大人にも人気が出るでしょうね」


 ギルバートが感心したように頷き、周囲からも同意の声が上がる。


 続いて肉巻きおにぎり串が出される。焼けた肉の匂いと、ご飯の温かみが手のひら越しに伝わってくる。


「ん、これは、うまい」


 ギルバートが、何も言わずに二口目を頬張った。

「こってりとした肉の旨味がご飯に染みている。(ジャン)の風味もいい」

「そして、この大葉!」


「肉の重さを、爽やかな香りがすっと受け止めている。まるで、緑風が通り抜けたような涼やかさだ。これはまさに季節の味」


「味の幅があるのも、強みだね」


 ロドリックが目を見開き、ガードルートがうなずきながら串を片手に感心していた。


 最後に出されたのは、べっこう飴だった。宝石のように透き通った中に、鮮やかなドライフルーツが閉じ込められている。


「これは、見た目からして素晴らしい」


 バルトロメオが飴を手に取り、光にかざすように眺めてから、一口舐めた。

「甘い……が、ただ甘いだけではない。果実の酸味が最後にきゅっと舌を引き締める」


 リーナは思わず吹き出しそうになるのをこらえた。やはり団長は甘いものになると饒舌だ。


「まさに、夏の陽射しに溶ける琥珀の雫!」


 ロドリックの目が、少年のように輝いていた。レッドアイとサングリアも順番に試してもらう。


「さっぱりしていて、食事の後にぴったりだ」

「見た目も華やかで、祭りの雰囲気にも合いますね」


 飲み物も好評のようで、リーナは安堵の息をついた。


 試食を終えた一同の顔には、満足と驚きが入り混じったような表情が浮かんでいた。


「どれも見事な出来栄えだった」


 バルトロメオが重々しく頷く。


「屋台料理とは思えん。これが街を代表する食となるなら、誇らしいことだ」

「素材も入手しやすい。技術的にも、再現性が高い。工夫は必要だが、十分対応できる範囲だ」


 ガードルートが職人の目線でしっかりと評価を下す。


「簡単に言えば、売れます。どれも。大きな利益も見込めますね」


 マルセロがすでに計算を始めている様子で、手帳に何かを書き込んでいる。リーナは、そんな皆の言葉に深く頭を下げた。


「ありがとうございます。皆さんの言葉、何よりもうれしいです」


 マルセロが手帳を閉じて立ち上がった。


「さて」


 一同の視線が集まる。


「試食はこれで終了ですね。ここからは、ビジネスの話をしましょう」


 その一言に、場の空気がすっと切り替わった。

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