べっこう飴と大人のドリンク
夏至祭の準備が本格化してきた午後、リーナは厨房でメニューの試作に集中していた。昨日完成した肉巻きおにぎり串と揚げパスタで、腹ごしらえにぴったりの屋台メニューは揃ってきたが、それだけでは足りない。
メモに目を落としながら、リーナは考える。子供も大人も楽しめる屋台にしたい。子供たちが喜ぶような、見た目にも楽しいスイーツと、大人が夕涼みにゆったり楽しめる、ちょっと特別なドリンクが欲しい。
「フルーツ飴が見た目にも華やかで子供も喜びそうだけど、リンゴは手に入らないし、水あめもない」
考えながら材料棚を眺めているうちに、ふと思いつく。
「べっこう飴にドライフルーツを入れたら、華やかになるんじゃない?」
リーナはさっそく準備に取りかかった。用意したのは、砂糖と水、そしてマリアの店で手に入れた色とりどりのドライフルーツ。ドライオレンジ、アプリコット、ラズベリー、ブルーベリー。どれも宝石のように鮮やかで、見ているだけでわくわくする。
「砂糖液を二度に分けて注げば、フルーツが中に閉じ込められて、もっと華やかになるかも!」
まずは一層目のべっこう飴から作り始めた。鍋で砂糖と水を煮詰めていくと、溶け始めた砂糖が次第に熱を帯びて色づいていく。やがて透明だった液体が淡い琥珀色に変わり、濃いきつね色になった頃合いを見計らって火から下ろす。紙の型に流し込み、色とりどりのドライフルーツを散らしていく。オレンジの鮮やかな橙、アプリコットの優しい黄色、ラズベリーの深紅、ブルーベリーの紫。まるで、小さな花畑のようだった。
「わぁ! 綺麗!」
飴が固まり始めたところで、フルーツの上からもう一度砂糖液を重ねていく。ドライフルーツたちが透明な飴に包まれ、まるで本物の宝石が閉じ込められたようだった。見れば見るほど、うっとりする仕上がりだ。
固まるまで待つ間に、リーナはエプロンを整え、大人向けのドリンクの試作に移った。
「お祭りにはお酒も欠かせないよね」
こちらでは見たことがまだないカクテルを作ってみよう。
「レッドアイがいいかな」
昨日仕込んだ自家製トマトジュースを、エールと同量で割る。完熟トマトを煮て裏ごしした、青臭さのない爽やかな味わいだ。
次はサングリア。赤ワインにフルーツを漬け込んで、ほんのり甘く仕上げる。オレンジやベリー類の色が鮮やかに映えて、見た目も華やかだ。味を見ると、果実の風味が際立っている。
「よし、これでばっちり」
香りも良く、口当たりもなめらか。でも、大人が楽しめる深みはちゃんと残っている。
これも美味しくできた。呟きながら、リーナは飴の様子を確認する。べっこう飴も固まり、型から外す準備が整っていた。棒を接着して、べっこう飴を完成させていく。
六本のべっこう飴が並んだ光景は、まるで小さな美術品のようだった。その美しさに満足げなため息をこぼしたとき、コンコンと控えめなノックの音が響いた。
「リーナちゃん、邪魔するよ!」
扉を開けて入ってきたのは、トムだった。今日は一人ではなく、後ろに栗色の髪を優しくまとめた女性と、二人の子供たちが続いている。
「あ、トムさん。今日はご家族で?」
「ああ、久しぶりに家族みんなで来たんだ」
トムの妻、イヴァがほほ笑む。
「リーナちゃん、いつもありがとうね。今日はいい匂いがしてるけど、また新しい料理?」
「こちらこそ。そうなんです、今日は新しいメニューを試していまして」
リーナは自然と子供たちに視線を向けた。父親似のキリッとした目元をした少女と、そばかすのある元気そうな男の子。緊張気味に立っていた少女が、小さな声で口を開いた。
「こんにちは、リーナさん」
「リーナちゃん! 今日は何作ってるの?」
フィンは両手を振りながら元気に声を上げる。
「ちょうど、新しい飴を作ったところなの。よかったら見てみる?」
「本当? 見ていいの?」
フィンの目がキラキラと輝く。リーナは、完成したばかりのべっこう飴を差し出した。
「わああっ! すっごいキラキラしてる!」
トムの息子フィンが目を見張る。イヴァも一歩前に出て、感嘆の声を漏らした。
「まぁ、なんて美しい」
染め物職人らしい、色彩への繊細な感性がその声ににじんでいた。
「これ、どうやって作るんですか?」
トムの娘、サミーが少し身を乗り出し、真剣な表情で尋ねる。リーナは、簡単に作り方を説明した。
「すごいです。リーナさんの技術は、いつ見ても勉強になります」
サミーが憧れを込めて言うと、フィンが飴をじっと見つめながら口を開いた。
「ねえ、食べていい?」
「もちろん! どうぞ」
フィンがさっそく一口かじる。
「あまっ! でも、カリッとしてて、果物の味もちゃんとする!」
「ほんとに? どれどれ」
サミーもひと口かじって目を丸くする。
「香ばしくて、くどくない甘さ。飽きない味ですね」
「よかった! 喜んでもらえて嬉しい」
次に、大人向けのドリンクを紹介する。
「こちらはレッドアイとサングリアというドリンクです。どちらもお酒なので、大人の方向けですが」
トムがレッドアイを、イヴァがサングリアを試飲する。
「おお、これは美味いな。エールの苦味とトマトの酸味が絶妙に合わさってる」
「フルーティーで飲みやすいけど、芯にしっかり大人の味わいがあるのね。これは祭りにぴったりかも」
「僕も飲みたい!」
フィンが手を伸ばしかけて、トムに軽く止められる。
「こら、お前はまだ子供だ。飴で我慢しとけ」
「え~~」
サミーは少し背筋を伸ばす。
「私は、もう十六歳だから」
「まだまだ子供よ」
イヴァがやわらかく笑って首を振る。
「焦らなくても、いつかはきっと大人の味もわかるようになるわ」
そんな家族のやり取りを見て、リーナは思わず胸に手を当てた。温かい気持ちが満ちていく。
「これは祭りで人気出るぞ! 子供は飴に夢中になるし、大人はドリンクを楽しめる。完璧だな!」
「ありがとうございます。頑張った甲斐がありました」
サミーが、少し恥ずかしそうに手を胸の前で組んだ。
「あの……リーナさん」
「うん?」
「私、いつかリーナさんみたいになりたいです。お客さんに喜んでもらえるような、そんな素敵な人に」
「サミーちゃん」
驚きと感動で、一瞬言葉を詰まらせる。
「素敵な夢だね。サミーちゃんなら、絶対なれるよ」
「僕も! 僕も料理覚えたい! 今度、お手伝いしていい?」
「もちろん! みんなで一緒に作りましょう」
トム一家を見送ったあと、リーナは今日の出来を振り返った。見た目にも美しいべっこう飴と、大人が楽しめるドリンク。どちらも屋台を彩るのにぴったりの一品になった。そして何よりトム一家との触れ合いが、リーナの心を満たしていた。
「……本当に、いい家族だなぁ」
小さく呟きながら、手元のメモに今日の成果を記していく。これで子供向けと大人向け、両方のメニューが揃った。夏至祭の準備は、着実に進んでいる。明日は協議会での試食会だ。バルトロメオ団長、マルセロ、ガードルート、ギルバートの四人に、これまでの成果を披露することになっている。少し緊張もするが、きっと喜んでもらえるはず。
リーナは深呼吸をして、明日の準備に取りかかった。




