揚げパスタと肉巻きおにぎり串の挑戦
昼の営業が落ち着いた午後、リーナは「アンナの食卓」の厨房で、新しいメニューの試作に取りかかっていた。
焼きパスタとお好み焼きは想像以上の好評ぶりだったけれど――夏至祭には数万人の来客が見込まれている。
美食エリアに出店する料理も、それ相応の工夫が必要だ。
「片手で食べられて、冷めても美味しくて……それでいて、見た目も華やかで……」
しゃもじを手に、炊きたてのご飯を混ぜながら、リーナはつぶやく。
そのとき、厨房のドアが勢いよく開いた。
「リーナ!今日も何か作ってるのか?」
振り返ると、ジュードを先頭に、若手騎士たち――シリルとルークが連れ立って入ってきた。
ジュードの後ろで、シリルは眼鏡を軽く押し上げ、ルークは人懐っこい笑顔を浮かべている。
「ちょうどいいところに来たね。今、新しい料理を試そうと思ってたの」
「それはいいな!」
ジュードがにっと笑う。
「今日はどんな料理なんですか?」
シリルが興味深そうに問いかける。
「実は、二つ考えてるんです。ひとつは揚げパスタ、もうひとつは肉巻きおにぎり串。どちらも、夏至祭の食べ歩き用に試作中なんですけど……」
「揚げパスタ?」
ジュードが首をかしげる。
「茹でずに、そのまま揚げるってことか?」
「そうです。油で揚げると、麺が全然違う食感になるんですよ」
「それは興味深いですね」
シリルが眼鏡の奥をきらりと光らせる。
「まずは揚げパスタのほうから、試してみましょうか」
リーナはフライパンに油を多めに注ぎ、火を入れた。
温まるのを待つ間に、乾燥パスタを手で折って短くする。
「温度は中火くらいで十分です」
油がほどよく熱を帯びてきたところで、折ったパスタを少しずつ投入する。
じゅわ、と心地よい音が立ち、細いパスタが泡に包まれていく。
「わあ、すごい音がする!」
ルークが目を丸くした。
「そのまま、じっと……待ちます」
数分後、こんがりとしたきつね色に変わったパスタを取り出し、油を切ってから塩をぱらりと振る。
「はい、出来ました。まずはこれをどうぞ」
小皿に分けた揚げパスタを、3人に手渡す。
ジュードが一口かじった瞬間、目を見開いた。
「おおっ、なんだこれ……サクサクしてて、こりゃクセになるぞ」
シリルも丁寧に噛みしめながら頷く。
「なるほど。小麦由来の香ばしさが際立ちますね。面白い食感です」
「うん、ほんとにサクサク!」
ルークは嬉しそうにほおばりながら、
「お菓子みたいで止まらないよ!」
「軽くて食べやすいので、お祭りの食べ歩きにもぴったりだと思って」
「確かに、これは片手でつまめるし、味もしっかりしてる」
ジュードが感心したように頷いた。
「じゃあ、次は……肉巻きおにぎり串を作ってみますね」
横でルークが、まだパスタをかじりながらにこにこしている。
* * *
リーナは少し冷ましたご飯をボウルに移すと、塩をひとつまみ混ぜ込み、細長い棒状に握っていく。
「少し冷ましたご飯の方が握りやすいんです。炊きたてだと湯気でベチャっとして形が作りにくくて」
「へぇ、そんなコツがあるんだね」
ルークが身を乗り出して見つめる。
次に用意したのは、アースボアの薄切り肉。
まな板の上に肉を並べて、おにぎりをひとつずつ乗せていく。
「端までしっかり包むのがコツです。上からかぶせるようにして……」
くるりと肉で全体を巻いたら、巻き終わりを下にしてフライパンへ並べる。
4本分を準備してから、火をつけて蓋をする。
じゅうじゅうと、肉の焼ける音とともに香ばしい匂いが立ちこめる。
「おお……この匂い、たまらん」
ジュードが鼻をひくつかせる。
「焼き色がついたら、少しずつ回して全体を焼きます」
リーナはトングで丁寧に転がし、最後に立てて端も焼きつける。
「わ、油が飛ぶ!」
パチパチと弾ける音に、ルークが小さく後ずさった。
「熱っ!でも……この音も食欲そそるな」
ジュードが笑いながら身をかがめる。
「はい、ここで余分な油を拭き取って……」
そのあとで、香ばしい醤をまわしかける。
「焦げつく前に、蓋をして一気に全体に絡めますね」
リーナはフライパンを大きく揺すって、全体をコーティングしていく。
「すごい手際……」
ルークが感心したように見つめる。
「最後に串を刺して、仕上げに白ごまをふわっと」
粒々の白ごまが、湯気の立つ肉の上に舞い落ちると、香ばしい香りがふわりと広がった。
「はい、基本版の完成です」
リーナが差し出した肉巻きおにぎり串を、3人がそれぞれ手に取る。
「うまっ!」
ジュードが即座に声を上げた。
「肉の旨味がじゅわっと来て、ご飯の甘みと合わさるのが最高だな」
「これは……理屈抜きに美味しいですね」
シリルが口元を押さえながら、満足そうに頷く。
「うん、串に刺さってて食べやすいし、これ祭りにぴったり!」
ルークが目を輝かせる。
「実はもうひとつ、バリエーションがあるんです」
リーナは大葉を取り出し、新たにご飯を握り始めた。
「今度は、ご飯を大葉で包んでから肉を巻きます」
「大葉で? それも美味しそう!」
ルークが興味津々で覗き込む。
同じように焼き、仕上げにごまと串を添えると、大葉の鮮やかな緑が彩りを添えた。
「では、どうぞ。さっぱり版です」
3人は、基本版と大葉版を交互に食べ比べていく。
ジュードは食べ比べながら首をかしげる。
「こっちは肉の旨味がストレートに来て……でもこっちは大葉の香りがさっぱりしてて、どっちも捨てがたいな」
「大葉の香り成分が脂のコクを和らげてくれますね。これは面白いです」
シリルが感心したように分析する。
「夏の屋台には、ぴったりの組み合わせですね」
リーナも満足げに微笑んだ。
* * *
全員がきれいに完食したあと、ハーブティーを手にゆったりとした空気が流れる。
「毎回思うけどさ、リーナの料理って、どこからアイデアが湧いてくるんだ?」
ジュードが首をかしげる。
「さあ……なんとなく、ですかね」
リーナは曖昧に笑ってごまかした。
まさか前世の記憶とは言えない。
「とにかく、今日も新しい発見でした」
シリルが眼鏡を拭きながら言う。
「特に調理工程の部分が興味深かったです」
「僕も勉強になったよ!ローラにも教えてあげたいな」
ルークが元気よく言って、3人は笑顔で帰っていった。
静かになった厨房で、リーナは手元のメモに今日の成果を書き込む。
揚げパスタの軽やかな食感。
肉巻きおにぎり串の香ばしさと、大葉の爽やかさ。
どれも屋台で映える一品だ。
「屋台メニューも、だいぶ充実してきたな」
リーナは小さく笑った。