焼きパスタと屋台の記憶
昼の営業を終えたリーナは、店の扉に「準備中」の札をかけると厨房へと向かった。朝に完成させたウスターソースを使って、焼きそば風パスタを実際に作ってみる時が来た。
厨房の真ん中に材料を並べていく。アースボアの薄切り肉、キャベツ、玉ねぎ、人参。ウスターソースと、いつもの出汁。パスタは少し太めのものを選んだ。本当は中華麺を使いたいけれど、この国では見つからない。なら、代わりに太めのパスタで試してみよう。
野菜を切りながら、リーナは前世の記憶を辿っていた。祭りの屋台で食べた焼きそばの味。あの香ばしさと、ソースの甘辛さ。キャベツを切る包丁の音がリズミカルに響く。玉ねぎからは涙が滲んできて、リーナは目をしばたたかせた。
お湯を沸かし、パスタを茹で始める。その間にフライパンを熱し、アースボアの肉を投入した。ジュウッという音とともに香ばしい匂いが立ち上る。野菜を加えると、フライパンの中が一気に賑やかになった。茹で上がったパスタを加え、ソースを絡める。甘辛くスパイシーな、祭りの記憶を呼び覚ますような香りだった。
リーナは皿に盛りつけると、フォークを手に一口味見をした。パスタにしっかりとソースが絡み、野菜とアースボア肉の旨味が口の中に広がる。確かに、前世で食べた焼きそばに似た味わいだ。
でも、何かが足りない。
もう少し火力を強くしてみたらどうだろうか。二回目の試作では温度を上げて調理してみた。音も香りも強くなったけれど、今度は野菜の食感が硬すぎる。三回目は野菜の大きさとソースの量を調整した。少しずつ理想に近づいていく感触はある。でも、まだ何かが足りない。祭りの屋台っぽい味って、もう少し濃いめなのかもしれない。
試行錯誤を重ねるうち、リーナは夢中になっていた。気づけば、厨房には焼きパスタの香りが充満している。
夕方になって、店の扉がノックされる音が聞こえた。
「リーナ、いる?」
聞き慣れたジュードの声だった。扉を開けると、ジュードの後ろにアデラインとガレスも控えている。
「ジュード、お疲れさま。どうしたの?」
「巡回の帰り道だったんだが、この辺りから美味しそうな匂いがしてきてさ」
ジュードが鼻をひくひくと動かす。アデラインも興味深そうに厨房の方を見つめていた。
「何か新しいことやってるのか?」
ガレスも好奇心いっぱいの表情で尋ねてくる。
「そうなんです。夏至祭のメニュー開発してたんですよ。昨日作ったソースを使って、焼きそば……じゃなかった、焼きパスタの試作を」
三人の目が一斉に輝いた。
「焼きパスタ?」
「なにそれ、面白そうじゃない!」
アデラインが身を乗り出す。
「試作してるなら食べさせてよ! 俺たち、ちょうど腹減ってたんだ」
ジュードがリーナの顔を覗き込んだ。ガレスも大きく頷いている。
「でも、まだ完成じゃないんです。味見して、率直な意見を聞かせてもらえますか?」
三人は即座に頷いた。リーナは三人分の焼きパスタを手際よく作り始める。これまでの試作で得た最良の手順で調理していくと、ジュードが感心したように調理の様子を眺めていた。アデラインは野菜の切り方を鋭く観察している。
やがて三つの皿を騎士たちの前に置いた。リーナも自分の分を用意して、一緒に席についた。
「いただきます!」
三人は同時にフォークを口に運んだ。ジュードが最初に表情を変えた。
「うん……これは確かに新しい味だ。パスタだけどパスタじゃないみたいだ。不思議な感覚だな」
アデラインも頷きながら、二口目、三口目を試している。
「本当に面白い味わいね。このソース、すごく複雑で深みがあるじゃない」
ガレスも好意的な反応を見せた。
「肉と野菜のバランスもいいな。食べ応えもある」
でも、リーナには何か引っかかるものがあった。みんなの表情を見ていると、美味しいと言ってくれているけれど、何か遠慮しているような気がする。
「遠慮しないで、気になることがあったら言ってください。改良したいので」
するとガレスが、少し考え込むような表情を見せた。
「美味しいんだけどな……なんていうか、もう少しパンチが欲しいな。味は複雑で深みがあるんだが、もう少し濃い目の方が良いと思うぞ。祭りの雰囲気に合うような、ガツンとくる感じ」
出汁でまろやかにはなったけれど、その分パンチが弱くなってるのかもしれない。アデラインも手を止めて、考えるような仕草をした。
「確かにそうね。美味しいんだけど、なんとなく上品すぎるっていうか。もう少し濃い色の方が食欲をそそるし、見た目のインパクトも大事よね」
ジュードは別の角度から意見を述べた。
「作り方なんだけど、屋台で作るなら工程をもう少し簡単にできないかな? 手順が多いと、忙しい時に大変そう。野菜を別々に入れるんじゃなくて、まとめて炒められないかな。それと、ソースと出汁を最初から混ぜておけば、一度に加えられるし」
リーナは三人の意見を聞きながら、メモを取っていった。濃い目の味付け。見た目のインパクト。シンプルな工程。なるほど、確かにその通りだ。
「でも、基本的な味の方向性はすごくいいと思うよ」
ジュードが付け加える。
「そうそう、これを改良していけば、夏至祭でも大人気になりそうよ」
アデラインの言葉に、リーナの心が弾んだ。
「ありがとう! すごく参考になりました。明日はソースの濃度を調整して、もう一度試作してみます」
「今度できたら、また食べさせてくれよ」
「もちろん!」
騎士たちが帰った後、リーナは一人厨房に残って今日のことを振り返っていた。
味の方向性は間違っていないと思う。でも、祭りの屋台で大量に作るとなると、今のやり方では時間がかかりすぎる。
美味しいだけじゃ、だめなんだな。
リーナは小さく息をついた。作りやすくて、見た目にも魅力的で、たくさんの人に喜んでもらえる料理。それが理想なのだろう。
明日はソースをもう少し濃くしてみよう。それから、作業の手順も見直してみようか。
リーナは小さく頷くと、厨房の片付けを始めた。




