夏至祭への道筋・新たな課題
「それでは、夏至祭の詳細について説明しよう」
バルトロメオ団長が立ち上がり、会議室の壁に掛けられた街の地図を指差した。
「今年の夏至祭は三日間にわたって開催される。前夜祭、本祭、後夜祭だ。会場は噴水広場を中心として、街全体に広がる。今年は郊外にも特設スペースを設ける予定だ」
リーナは地図を見つめながら、その規模に息をのんだ。
「街の住民五万人に加えて、他都市からも大勢の訪問客が見込まれます。総計で約六万人規模の動員を想定しています」
「ろ、六万人……」
声が震える。頭の中で、自分の店で対応できる人数との差が一気に押し寄せてきた。出店予定は百を超える店舗。屋台、出張店、各種催し物。アードベル史上最大の祭りになるのだという。
「君たちの料理企画は、この中でも『美食エリア』の担当となる。アードベルの名物料理を発信する拠点として、一日数千人の対応を想定している」
リーナはごくりと息を飲んだ。それは普段の営業とは桁が違う人数だった。
「では、各組織の役割分担を具体的に決めていこう」
団長の言葉で、場の空気が切り替わる。
最初に口を開いたのは、商業ギルドのマルセロだった。
「商業ギルドとしては、資金調達と宣伝活動を担当します。食材供給ルートの確保も、我々の役目ですね」
商隊のネットワークを活用すれば、広域への告知も他都市への通知も可能だという。緊急時の補給体制も整える予定だと付け加えた。
マルセロは一呼吸置いてから、リーナに目を向けた。
「それと、リーナ嬢。レシピ事業の件ですが」
「レシピ事業……ですか?」
「あなたには、料理の技術開発に専念していただきたい。我々がそのレシピをもとに事業として展開します。今後の運営もお任せください」
思いがけない申し出に、リーナは目を見開いた。今まで一人で抱えていた仕事の一部を、プロに任せられるということだった。
「いいんですか?」
「もちろん。あなたの才能を最大限に活かすためにも、それがベストです」
続いて声を上げたのは、職人組合のガードルートだった。
「うちの組合では、調理設備の整備を進める。美食エリア用の特設厨房だな。それと現場運営も引き受けよう」
移動式のかまどは二十基以上、大鍋、特製の調理台、食器も数千人分。助手や補助要員は三十名ほど、組合内で手配可能だという。
彼女の鋭い視線がリーナに向けられた。
「動線や工程の割り振りなども全部こちらでやる。君は作ることに集中してくれ」
最後に、冒険者ギルドのギルバートが口を開いた。
「うちは、食材調達と輸送の担当だ。高品質な魔物肉を必要数、確保してみせる。三日分の在庫も考慮しないとな」
淡々と語るその口調には、確かな自信がにじんでいた。
「それでは、リーナの担当を明確にしよう」
リーナに託されるのは、メニューの開発とレシピの作成。調理担当者三十名への技術指導。味の基準の設定と品質管理。そして、全体の技術監修と最終チェック。料理の技術面、そのすべてだ。
「次に、準備スケジュールだ」
団長が手帳を開く。
「まず一週間後にメニュー案の提出。そこから二週間で試作とレシピを完成させ、残りの一週間で技術指導とリハーサルだ」
各担当は日々の進捗報告を行い、全体会議は週二回。緊急時はいつでも連絡が取れる体制を整えるという。
「リーナ、君への具体的な課題は三つある」
団長が指を立てて数えた。
「まず、屋台向けのメニューを五品考案すること。手軽に食べられて、大量調理が可能で、アードベルの名物として胸を張れるもの。一日で七千五百食分の提供を想定している」
リーナは息をのんだ。七千五百食。想像もつかない数字だ。
「次に、大量調理用のレシピ作成。君の店のレシピを拡大版にして、失敗しにくい工程に設計し直してほしい。最後に、調理スタッフ三十人への指導計画だ」
団長は一つ一つ、丁寧に説明していく。味の基準、品質チェックのポイント、効率的な教え方。
リーナは深呼吸した。確かに大変な課題だが、一人で全てを背負うわけではない。
「では、改めて役割の確認を」
マルセロが手帳を広げ、各自の役割を整理した。リーナは技術開発と品質監修。マルセロは事業運営と資金管理。ガードルートは現場マネジメント。ギルバートは素材確保。
「全体会議は週二回、なにかあれば即連絡。連携を密にすることが成功の鍵だ」
リーナは小さく息を吐いた。
「みなさんが分担してくださるなら、私は料理に集中すればいいんですね」
「その通りだ」
「ありがとうございます。精一杯頑張ります」
マルセロが手を叩く。
「では、次回は一週間後。リーナのメニュー案をもとに始めましょう。この祭り、成功させるぞ!」
全員が立ち上がり、順に握手を交わした。
会議室を出ると、夏の夕暮れが街を染めていた。リーナは店へ向かう足取りに、自然と力を込めた。
「最高のメニューを考えよう」
夏至祭まで、あと三週間。




