表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/109

夏至祭への道筋・新たな課題

「それでは、夏至祭の詳細について説明しよう」



バルトロメオ団長が立ち上がり、会議室の壁に掛けられた街の地図を指差した。



「今年の夏至祭は3日間にわたって開催される。前夜祭、本祭、後夜祭だ」



「会場は噴水広場を中心として、街全体に広がる。今年は郊外にも特設スペースを設ける予定だ」



リーナは地図を見つめながら、その規模に思わず息をのんだ。



「街の住民5万人に加えて、他都市からも大勢の訪問客が見込まれます。総計で約6万人規模の動員を想定しています」



「ろ、6万人...」



思わずこぼれたリーナの声が震える。頭の中で、自分の店で対応できる人数との差が一気に押し寄せてきた。



「出店予定は100を超える店舗です。屋台、出張店、各種催し物...アードベル史上最大の祭りになります」



その一言が、ますます現実味を帯びてリーナの胸にのしかかる。



「君たちの料理企画は、この中でも『美食エリア』の担当となる」



「美食エリア......」



「そうだ。アードベルの名物料理を発信する拠点として、1日数千人の対応を想定している」



リーナはごくりと息を飲んだ。それは普段の営業とは桁が違う人数だった。




* * *




「では、各組織の役割分担を具体的に決めていこう」



団長の言葉で、場の空気が切り替わる。



最初に口を開いたのは、商業ギルドのギルド長・マルセロだ。



「商業ギルドとしては、まず資金調達に動きます。これだけの規模です、特別予算を組ませましょう」



「宣伝活動も重要です。商隊のネットワークを活用して、広域に告知いたします。他都市への正式通知も必要ですね」



「そして、食材供給ルートの確保も。安定した流通に加えて、緊急時の補給体制も整えます」



マルセロは一呼吸置いてから、リーナに目を向けた。



「それと、リーナ嬢。レシピ事業の件ですが......」



「レシピ事業......ですか?」



「あなたには、料理の技術開発に専念していただきたい。我々がそのレシピをもとに事業として展開します。今後の運営もお任せください」



思いがけない申し出に、リーナは思わず目を見開いた。今まで一人で抱えていた仕事の一部を、プロに任せられるということだった。



「本当に、いいんですか?」



「もちろん。あなたの才能を最大限に活かすためにも、それが最良の形です」



続いて声を上げたのは、職人組合のガードルートだった。



「うちの組合では、まず調理設備の整備を進める。美食エリア用の特設厨房だな。移動式のかまどは20基以上、大鍋、特製の調理台、食器も数千人分必要だ」



「それと......」



彼女の鋭い視線がリーナに向けられた。



「現場運営はこちらで引き受ける。助手や補助要員は30名ほど、組合内で手配可能だ」



「動線や工程の割り振りなども全部こちらで設計する。君は作ることに集中してくれ」



最後に、冒険者ギルドのギルド長・ギルバートが口を開いた。



「うちは、食材調達と輸送を担当する」



「高品質な魔物肉を必要数、確保してみせる。3日分の在庫も考慮しないとな」



淡々と語るその口調には、確かな信頼がにじんでいた。



団長がゆっくりと頷いた。



「それでは、リーナの担当を明確にしよう」



「君には、メニューの開発とレシピの作成」



「調理担当者30名への技術指導」



「味の基準の設定と品質管理」



「そして、全体の技術監修と最終チェック」



「料理の技術面、そのすべてを君に託す」



リーナの心が軽くなった。一人で全てを背負うのではなく、それぞれの専門家が支えてくれる。




* * *




「次に、準備スケジュールだ」



団長が手帳を開く。



「1週間後までに、メニュー案の提出と予算試算」



「2週間後には、試作とレシピの完成。そして調理作業員候補の選定開始」



「3週間後から、技術指導と現場のリハーサルを本格化」



「本番の3日間へと備える。各担当は、日々の進捗報告と週2回の全体会議を行う。緊急時は、いつでも連絡が取れるように」



場の空気が引き締まった。



「リーナ、君への具体的な課題は3つある」



団長が指を立てて数えた。



「まず、屋台向けのメニューを5品考案すること」



「条件は3つ──手軽に食べられること、大量調理が可能なこと、そしてアードベルの名物として胸を張れること」



「各メニュー1日500食ずつを目安に、5品合わせて総計7500食分の提供を想定している」



数字の重みが、リーナの背にずしりとのしかかる。



「次に、大量調理レシピの作成」



「君の個人店用レシピを拡大版にして、失敗しにくい工程に設計し直してほしい」



「調理スタッフが理解しやすい手順書も必要だ」



「最後に、メイン調理スタッフ30人への指導計画」



「各メニューの要点・コツ・失敗回避法を効率よく教える方法を考えてほしい」



「味の基準と品質チェックポイントも明確にする必要がある」



リーナは深呼吸した。確かに大変な課題だが、一人で全てをやるわけではない。




* * *




「では、改めて役割の確認を」



マルセロが手帳を広げた。



「リーナ嬢:技術開発と品質監修」



「私:事業運営と資金管理」



「ガードルートさん:現場マネジメントと人員統括」



「ギルバートさん:素材確保と輸送」



団長がそれを受けて続けた。



「情報共有の仕組みも重要だ。全体会議は週2回、各担当は毎日の報告を」



「なにかあれば即連絡。連携を密に、ミスを減らすことが成功の鍵だ」




* * *




会議が終わりに近づくにつれ、リーナは心の奥で渦巻く感情を感じていた。



7500食という数字。6万人の祭りの一角を担う重圧。



けれど、それ以上に──「1人でやらなくていい」という事実が、心のどこかで確かな安堵になっていた。



「みなさんが分担してくださるなら......」



小さく息を吐いてから、リーナは口を開いた。



「私は、料理に集中すればいいんですね」



「ええ。事業面はすべて私たちが引き受けます」



マルセロがやわらかく頷く。



「現場のことは任せとけ。手間かけさせやしないさ」



ガードルートが太い腕を組む。



「素材はこっちで揃えよう」



ギルバートが短く力強く言った。



団長が最後に語りかける。



「リーナ。君の技術があってこその企画だ。皆で支えるから大丈夫だ」



その言葉に背中を押され、リーナはすっと立ち上がった。



胸の奥が、ふわりと熱くなる。



「ありがとうございます。私、精一杯頑張ります」



「この街の味を、たくさんの人に知ってもらえるように」



「技術のことは、どうぞ私に任せてください」



マルセロが手を叩いた。



「では、次回は1週間後。リーナのメニュー案をもとに始めましょう」



「レシピ事業の引継ぎもそのときに詰めていきましょう」



「この祭り、成功させるぞ!」



全員が立ち上がり、順に握手を交わした。




* * *




会議室を出て、夏の夕暮れの中を歩きながら、リーナは改めて事の重大さを噛み締めていた。



7500食分。6万人が来る祭りの中核を担う。



「大変なことになったなぁ...」



でも、みんなが支えてくれる。一人じゃない。



「よし、頑張るぞ!」



店に向かう足取りに、自然と力が入った。



「最高のメニューを考えよう!!」



夏至祭まで、あと3週間。



新しい挑戦が、いよいよ本格的に始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
お祭り( ゜∀゜)o彡°お祭りと言ったらベビーカステラなのです( ゜∀゜)o彡°毎年近くのお祭りでベビカスを買ってきてもらって食べてます( ー`дー´)キリッ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ