山菜とベリーと、お姉さん
朝の仕込みを終えた頃、店の扉が開いた。
「おはよう、リーナ」
振り返ると、ジュードが立っている。
いつもより少し早い時間だった。
「おはよう、ジュード。今日は早いのね」
「ああ、実は今日から魔物退治で遠征に出るんだ」
リーナの手が、一瞬止まる。
「遠征?」
「隣町の近くに凶暴な魔物が出たって報告があってな。2~3日は戻れないと思う」
ジュードは少し心配そうにリーナを見つめた。
「1人で大丈夫か?何かあったら騎士団に連絡してくれよ」
「大丈夫よ。気をつけて行ってらっしゃい」
リーナは笑顔で答えた。
でも胸の奥で、少しだけ寂しさがちくりと痛んだ。
「じゃあ、行ってくる」
「うん。無事に帰ってきてね」
ジュードが出て行った後、リーナは一人でぽつんと立っていた。
(また1人かぁ……)
でも、すぐに首を振る。
(ダメダメ。昨日一人でうまくやれたんだから、今日だって大丈夫)
* * *
昼営業も順調に終わり、リーナが片付けをしていると、店の扉が開いた。
「こんにちは、リーナ♪」
美しい金髪を揺らしながら、アデラインが店に入ってくる。
「アデラインさん!いらっしゃいませ」
「リーナ今一人?」
「あ、はい。ジュードは遠征なんですよね」
「そうなの」
アデラインは優雅に椅子に座ると、にっこりと微笑んだ。
「実はね、ジュードからリーナのこと頼まれたのよ~」
「え?」
「『リーナのこと気にかけてくれ』って。可愛いわよね~、あの子」
リーナの頬が、ほんのり赤くなる。
「街でお買い物でもする?それとも、山に食材探し?お姉さんが付き添ってあげるわ♪」
リーナは目を輝かせた。
「食材探し!お願いします」
「やっぱりね。リーナらしいわ」
* * *
30分後、2人は街外れの山道を歩いていた。
「1人で山は危険よ。騎士のお姉さんがいれば安心でしょ?」
アデラインは腰の剣に手を添えながら、軽やかに山道を進む。
普段の優雅な雰囲気とは違い、騎士としての頼もしさが滲み出ている。
「いつもジュードと来てたの?」
「はい。でも最近は1人で来ることもあって」
「危険じゃない。今度からお姉さんも一緒に連れてってね」
木漏れ日が差し込む山道を歩きながら、リーナは久しぶりの山の空気を楽しんでいた。
「あ!」
リーナが立ち止まる。
「どうしたの?」
「この香り……」
リーナは茂みに近づいて、緑の葉を手に取った。
爽やかで独特な香りが指先に広がる。
「この香り……大葉だ!」
鑑定魔法を使うと、文字が浮かび上がる。
『大葉』
『品質:上級』
『特性:爽やかな香りと風味、薬味や香り付けに最適』
『用途:刺身の添え物、薬味、料理の風味付け』
「これ、すごくいい香りがするんです」
「へぇ~、料理に使えるの?」
「はい!薬味として使えそうです」
リーナは丁寧に大葉を摘んでいく。
さらに奥へ進むと、今度は大きな葉っぱが群生している場所に出た。
「これ、苦い雑草よね」
アデラインが眉をひそめる。
「ヤマミドリって呼ばれてる草」
でもリーナは興味深そうに近づいた。
(この形、フキに似てる……)
鑑定魔法を使ってみる。
『ヤマミドリ』
『品質:上級』
『特性:独特の風味と歯ごたえ、適切に処理すれば美味』
『用途:アク抜き後、煮物や和え物に』
「あ、これフキみたい!」
「フキ?」
「えっと……適切に処理すれば美味しく食べられるんですよ」
リーナは慎重にヤマミドリの茎を何本か切り取った。
「リーナってすごいのね。雑草を食べ物に変えちゃうなんて」
「鑑定で視えましたから」
「便利ね~」
山道をさらに登っていくと、紫黒い小さな実が房状になっている木を見つけた。
「あら、これエルダーベリーよ」
アデラインが指差す。
「食べたら酸っぱすぎて舌が痺れるのよ、それ」
でもリーナは興味深そうに実を見つめた。
鑑定を使うと……
『エルダーベリー』
『品質:最上級』
『特性:生では強すぎる酸味だが、加熱により酸味が和らぎ美味しくなる。加熱により美容成分も活性化』
『用途:砂糖と煮詰めると絶品。美容と疲労回復に効果』
リーナの目が輝いた。
「これ、加熱すると酸味が和らいで美味しくなるって出てます!」
「加熱?」
「砂糖と一緒に煮詰めるんです。それに……」
リーナは鑑定結果を思い出す。
「美容と疲労回復にも良いみたいです」
「え?」
アデラインの声が一オクターブ上がった。
「美容に良いの?本当に?」
「はい、鑑定でそう出ました」
「それは……それは素晴らしいじゃない!この実を加熱するという発想がなかったわ」
アデラインは目をキラキラさせながら、エルダーベリーを見つめた。
「疲労回復にも良いのよね?騎士としてはありがたいわ」
二人は協力して、エルダーベリーをたっぷりと収穫した。
* * *
店に戻ると、リーナは早速エルダーベリーをジャムにすることにした。
「どうやって作るの?」
アデラインが興味深そうに覗き込む。
「実を水で軽く洗って、砂糖と一緒に煮詰めるんです」
鍋に実と砂糖を入れて火にかける。
しばらくすると、紫色の美しい色が鍋に広がり始めた。
「わあ、綺麗な色!」
木べらでかき混ぜながら、実がつぶれてとろりとした質感になるまで煮詰める。
甘酸っぱい香りが厨房に漂った。
鼻をくすぐるような、少し大人っぽい香りだった。
「いい香り~」
「完成です!」
美しい紫色のジャムが完成した。
「ちょっと味見してみましょう」
リーナはスプーンでジャムをすくって、アデラインに差し出す。
「美味しい!酸味と甘みのバランスが絶妙ね」
「パンに塗って食べたらもっと美味しいと思います。ソフィアさんのところに行ってみませんか?」
「素敵なアイデアね!」
* * *
パン屋に着くと、ソフィアが温かく迎えてくれた。
「リーナちゃん、アデラインさん!いらっしゃい」
「ソフィアさん、エルダーベリーのジャムを作ったんです。パンと一緒に食べていただけませんか?」
「まあ、エルダーベリー?あの酸っぱすぎる実を?」
ソフィアは驚いたような顔をした。
「加熱すると酸味が和らぐんです」
「綺麗な色ね!」
焼きたてのパンにジャムを塗って、三人で試食する。
「美味しい!」
ソフィアが目を丸くした。
「この酸味がパンの甘さと合って、とても上品な味ね。加熱するとこんなに変わるなんて!」
「それに美容にも良いの」
アデラインが嬉しそうに付け加える。
「疲労回復にも効果があるらしいわよ」
「それは素晴らしいわね」
ソフィアは感心している。
「今度パン生地に練り込んでみるのも面白そうね」
「それは素敵!街の女性たちにも教えてあげたいわ」
アデラインの目がキラキラしている。
「でも食べ過ぎは糖分が心配だから、適量でお願いしますね」
リーナが付け加えると、二人は感心したようにうなずいた。
「リーナちゃんはしっかりしてるわね」
「そうね、バランスを考えるのも大切だわ」
* * *
夕方、店に戻ってきた二人は、今日の収穫を整理していた。
「楽しい1日だったわ」
アデラインは満足そうに微笑んでいる。
「私も楽しかったです。ありがとうございました」
「それに新しい食材も見つかったし」
大葉、ヤマミドリ、そしてエルダーベリーのジャム。
今日は大収穫だった。
「ヤマミドリの料理も今度お店で出すのかしら?」
「もちろんです!アク抜きをすれば美味しく食べられますので」
「大葉も楽しみね」
夜が更けてくると、アデラインは立ち上がった。
「それじゃあ、今日はこの辺で。ジュードが帰ってきたら、お土産話を聞かせてあげてね」
「はい。今日は本当にありがとうございました」
「お姉さんをいつでも頼ってちょうだいね♪」
アデラインが帰った後、リーナは1人で今日を振り返った。
1人の時間も悪くないけれど、誰かと過ごす時間はやっぱり特別だ。
アデラインのお姉さんらしい優しさに包まれた1日だった。
(ジュードにも、この話を聞かせてあげよう)
エルダーベリーのジャムを見つめながら、リーナはふわりと微笑んだ。