騎士の心境
アードベル郊外の街道。午後の陽射しが木々の間からこぼれ、風が草を優しく揺らしていた。
その静けさの中、ブランネル王国騎士団の一行が小さな休憩を取っている。
今日の魔物討伐は順調だった。フェングリフの群れを発見し、仕留めることに成功。いつものように解体業者へ。素材も肉も、今では引く手あまただ。
「こいつは当たりだな。肉付きがいい」
ガレスが目を細め、素材の状態を確かめながら笑う。
シリルは無言で記録帳に手を走らせており、ルークは腰に手を添えたまま、背後の茂みに視線を送り続けていた。アデラインは木陰で優雅に腰を下ろし、水筒の水を一口含むと、涼しげに喉を鳴らす。
そんな中、ジュードは木の根元にもたれかかり、空を見上げていた。フェングリフとの戦いが終わり、張り詰めていた空気がようやく抜けていく。
風に揺れる枝の隙間から、青空が見えた。そこにふと浮かんだのは、あの店のあたたかな空気と、キッチンから漂ってくる香ばしい匂いだった。
「はあ……帰ったら、リーナのご飯が食べたい」
ぽつりと呟いたその瞬間、空気が一変する。
「またか!」
「始まりました!」
「今日、何回目よ?」
ツッコミの嵐に、ジュードは慌てて身を起こした。
「べ、別にそんなに言ってねぇだろ!」
「討伐中に3回聞いたぞ?」
ガレスは指を折って数えた。
「『フェングリフの肉、リーナならどう料理するかな』って言った後に、『この羽、見せたら何て言うかな』って続いて、挙句『早く帰って——』だろ?」
「分かった!分かったって!」
ジュードは顔を赤くして、慌てて手を振る。
「でも昨日、リーナが騎士団に来たらしいじゃない」
アデラインが身を乗り出す。
「先輩たち、大騒ぎでしたね」
ルークが小さく肩をすくめた。
「『リーナちゃんって、あんなに可愛いと思わなかった!』って、みんな口を揃えてましたよ」
「そうなのか?」
ジュードは少し驚いたように眉を上げる。
「まぁ、あれだけ料理うまくて、気立てもいいんだ。見た目も悪くねぇしな」
ガレスがあっさりと断言する。
「リーナさんは、可愛いっていうより、きれいじゃないですかね」
ルークは真面目な口調でそう言った。
「顔立ちは整っているし、料理をしてるときのあの集中した表情、印象に残りますよ」
シリルは眼鏡を軽く押し上げながら、静かに言葉を添えた。
褒め言葉の連続に、ジュードは内心むず痒さを覚える。嬉しいはずなのに、どこか落ち着かない。
「お前、昔は美人に興味なかったよな?」
ガレスがニヤニヤとからかう。
「そうそう。声かけられても、すぐスルーしてたじゃない~」
アデラインがくすりと笑った。
「うるせぇな……」
見た目がいいせいで、よく女性に声をかけられる。でも、どの人も表面的にしか自分を見ていない気がして、適当に距離を置いていた。
(でも、リーナは違った...)
森で魔物に襲われていたリーナを助けた時のこと。その後、一緒に焼き鳥を作って食べた時の、リーナの嬉しそうな表情。アンナの食卓で食べる料理の美味しさに驚いた日々。エリオットが現れた時の、凛とした立ち振る舞い。
どれも、今まで出会った女性たちとは全く違っていた。
「最近のジュードは自然だよ。いい変化だと思う」
シリルの言葉が、ふいに胸に響いた。
「そうねぇ、前はもっと壁を作ってたっていうか~」
アデラインが頷きながら微笑む。
「リーナさんと出会って、変わったんですね」
ルークの一言に、ジュードは思わず視線を落とした。
(……そうかもしれない)
一緒に過ごす時間が、ただ楽しくて。困っていたら手を貸したくなって、新しい料理が完成したと聞けば、真っ先に駆けつけたくなる。
(これは...やっぱり特別な気持ちなのかもしれない)
「……よし、顔を見に行こう」
ふっと立ち上がったジュードの動きに、周囲がざわついた。
「おー!」
「おお、ついに自覚した!」
「青春じゃない?」
茶化す声に、ジュードは苦笑しながらも本気の顔でうなずいた。
「でも、魔物の素材はどうします?」
シリルの冷静な指摘にジュードが固まる。
「……あっ」
気まずそうに頭をかいたその時、ガレスが手をひらひらと振った。
「俺が解体業者に持っていくよ。お前は先に行ってろ」
「ほんとか?助かる!」
「いいってことよ。どうせ俺も腹減ってたしな、後で行くぞ」
「僕も行きます」
ルークが手を挙げる。
「私も~。リーナの料理、食べたいもの~」
アデラインが立ち上がる。
「では私も同行します」
シリルまでさらりと加わった。
「おい、みんなで来るなよ!」
ジュードが慌てて手を振るが、止められるはずもない。
「何言ってんだ、いつものことだろ」
ガレスが肩をすくめる。
「そうそう~、今さら一人で行くなんて、らしくないじゃない~」
「リーナさんも、みんなで来た方が喜びますよ」
ルークが穏やかに言った。
結局、全員で「アンナの食卓」へ向かうことになった。
夕暮れが近づく街道に、騎士団の足音と笑い声が響く。
ジュードはその真ん中で、ふと空を見上げた。
(……これじゃ、いつも通りか)
そう思いながらも、不思議と心は軽い。
仲間たちとリーナに会いに行く。ただそれだけで、胸の奥があたたかくなる。
(まあ……今はこれでいいか)
やがて見えてきた「アンナの食卓」の明かりに、ジュードの足取りは自然と速くなる。
今日の料理はなんだろう。そして、リーナはどんな顔で迎えてくれるだろうか。
そんなことを考えながら、ジュードは仲間たちと共に店へと向かった。