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【受賞】和食で騎士団を虜にした令嬢は、婚約破棄から人生やり直し中です 〜隣国で小料理屋をはじめたら、元婚約者が土下座してきました〜  作者: 梅澤 空
アンナの食卓編

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甘い野望と冷たい計画

 翌日の午前、アンナの食卓の厨房で、リーナは昨日作った冷しゃぶサラダの残りを見つめていた。


(これだけじゃない。冷たい料理の可能性は、もっとあるはず)


 南蛮漬けや冷製パスタ、冷製スープ、冷たいプリン。食材の保存にも。前世の記憶が次々と蘇る。


(今日はジュード来るかな……?)


 ちょうどそのとき、扉の向こうから聞き慣れた足音が近づいてきた。


「おはよう、リーナ」


「おはよう、ジュード」


 ジュードが顔を出し、いつもの笑みを浮かべる。


「あのさ、相談があるんだけど」


「ん?いきなりなんだ?」


「街にも、魔石で冷やす設備を作りたいの、どうしたらいい?」


 ジュードは少し眉をひそめて考え込んだ。騎士団や〈金の麦穂亭〉には導入されているが、一般の店には高価すぎるという。リーナが値段を尋ねると、ジュードは魔石冷蔵設備には二種類あると説明し始めた。

 魔石に氷の魔法を込めておく『魔石タイプ』は、一度設置すれば長期間使えるが金貨三十枚以上。魔法陣で冷却を維持する『魔法陣タイプ』は、定期的な魔力供給が必要だが金貨十枚程度で済むという。


「たかっ!」


 リーナは驚きつつも自分の考えをひとつずつ言葉にしていった。


「それじゃあ、まずこの店に導入して、効果を証明する。その上で、街の人たちが共同で使える冷蔵施設を作れば――」


「なるほど。段階的にってことか」


 ジュードが頷く。


「美食の街アードベル構想の一環として、団長に提案してみるか?冷たいお菓子の話をすれば、きっと食いつくぞ」


「あ、やっぱりそう思う?」


 苦笑するリーナに、ジュードは愉快そうに笑った。


「じゃあ、今日の午後にでも、団長に会ってもらえるよう手配するよ」


 ***


 午後。リーナは初めて、ブランネル王国騎士団アードベル支部を訪れた。


 石造りの重厚な建物が、街の中心部近くに堂々とそびえている。正面玄関にはブランネル王国の紋章が刻まれた大きな盾が掲げられ、鍛錬を終えた騎士たちが次々と出入りしていた。


「緊張してる?」


 ジュードが苦笑しながら、リーナの様子をうかがう。


「少し……立派すぎて、場違いな気がしてきた」


「心配ないさ。ここにいるのは、気のいい奴らばかりだから」


 そう言いながらジュードが正面玄関をくぐると、受付付近にいた騎士がすぐに声をかけてきた。珍しく女性連れのジュードをからかうような口調だったが、リーナの顔を見た途端、その表情が驚きに染まった。


「まさか、リーナちゃん!?」


「え? はい」


「本物だ! 親子丼、昨日食べたよ。最高だった!」


「うちの隊長、三口目で沈黙したからな」


「お、お世話になってます……?」


「リーナちゃんだあああ!」


 とたんに、周囲の騎士たちがざわつき始めた。気づけば、いつの間にか小さな人だかりができていた。


「騒ぎすぎだ、落ち着けっての!」


 ジュードが慌てて制止に回る。


「団長との面会があるんだ。またあとで挨拶してくれ」


「了解! でもさ、ジュードがこんな真面目な顔してるの、ひさびさに見た気がするな」


「前はもっとチャラかったよなぁ」


「女の子限定でさ」


 ジュードはこめかみをぴくりとさせた。


「……それ、言う必要あるか?」


「だって、お前、顔がいいから無駄に言い寄られるんだろ。あえて軽く見せて、近づきすぎないようにしてたんじゃないのか?」


「まあ、処世術ってやつだな。見た目が派手な分、大変だよなあ?」


 リーナは目を丸くした。


「……そうだったの?」


「最近は仮面が取れたって感じだけどな。素のジュードのほうが、俺たちは好きだぜ?」


「……からかうなよ」


 耳まで赤くなったジュードに、ダニエルたちは笑いをこらえた。


「リーナちゃん、今度ゆっくりジュードの話ししよう!」


「もう! いいから行こう!」


 ジュードが顔を伏せるようにして歩き出す。リーナも笑いをこらえながら、騎士たちの賑やかな声に背中を押されるように後に続いた。



 重厚な木製の扉の前で、ジュードが軽くノックした。


「団長、リーナを連れてきました」


「入れ」


 威厳のある声が返ってくる。午後の陽光が差し込む団長室。書類に目を通していたのは、銀髪の精悍な男――ブランネル王国騎士団長、バルトロメオ・アッシュ。鋭い眼光を向けながらも、その視線にはどこか好奇心が混じっていた。


「また何か、面白い提案を持ってきたのか?」


「はい。美食の街アードベル構想について、ご提案があります」


 リーナは緊張しながらも、しっかりと前を向いた。


「魔石を使った冷蔵設備を、街に普及させたいのです」


「ほう」


 団長は身を乗り出した。


「しかし、魔石設備は高価だぞ。一般の商店には手が出ないだろう」


「それについて、段階的な導入を考えています」


 リーナは準備してきた説明を始めた。まず『アンナの食卓』に魔石タイプを導入して効果を実証する。そして街には、皆で使える共用の冷蔵施設を作る。魔法陣を使った大きな冷蔵庫を商業区域に設置して、月額の利用料で各店舗に使ってもらうのはどうか、と。


 団長は顎に手を当てて考え込んだ。


「なるほど、リスクを抑えた段階的導入だな。共用施設なら初期費用も抑えられるし、利用料で運営もできる」


「冷たく保存できれば、夏でも食材が傷みませんし、新しい料理も作れるようになります」


 リーナの目が輝いた。


「それに……冷たくて美味しいお菓子も作れるようになります」


 その瞬間――バルトロメオの目が、ぴくりと光を帯びた。彼は慌てて咳払いをしながら視線をそらす。


「ゴホン、街の菓子職人の技術向上は、文化の発展においても重要だ」


 ジュードは隣で肩を震わせていた。


(もはや隠す気ゼロじゃん……)


「具体的な予算や運営見通しは?」


「『アンナの食卓』への導入は、レシピ公開事業などの収益を使って金貨三十枚程度を想定しています」


「三十枚……ほう、しっかり稼いでいるな」


「はい。料理教室も順調ですので、無理なく回せる範囲です」


「共用施設の方は?」


「商業区域、市場の近くに魔法陣式の冷蔵施設を設置していただければ。そこに店舗を構える方たちには月額で利用してもらって」


「利用料はどの程度を想定している?」


「銀貨三枚から五枚程度でしょうか。店舗の規模に応じて」


 団長は計算するように指を動かした。


「魔法陣の設置費用は金貨十枚程度。利用者が十店舗あれば、半年程度で回収できるな。ただし、商業区域の土地代や建物費用も考慮する必要があるが……」


「美食の街構想への投資として、街の予算で賄うことにしよう」


「本当ですか?」


「もちろんだ。成功すれば、将来的には各店舗への個別導入のきっかけにもなるだろう」


 リーナは思わず深く頭を下げた。


「ありがとうございます!」


「魔法技師の手配や設置場所の選定は、こちらでも協力する」


 リーナは思わず深く頭を下げた。

 バルトロメオは小さく頷いたあと、ちらりと横目でリーナを見る。


「で、その冷たいお菓子というのは、たとえば?」


「えっと……冷たいプリンやケーキなどです」


 団長の目がきらきらと輝いていく。


「……興味深い。いや、街の発展には非常に有意義だ」


 ジュードは口元を押さえながら、堪えきれずに肩を震わせた。


(甘くて冷たいお菓子が夏に食べられる)


 団長の心の中では、既に甘い期待が膨らんでいた。


 団長室を後にし、街へと戻る道すがら。


「お疲れ、リーナ」


 ジュードはすっかり緊張が解けた表情だった。


「団長……思った以上に甘いものに弱いね」


「弱すぎだろ」


 リーナは思わず吹き出してしまった。


「でも、これで一歩前進。まずは自分の店で色々試してみなくちゃ」


 リーナは空を見上げる。夕暮れの風がやさしく頬を撫でる中、未来への期待が胸いっぱいに広がっていく。


(金貨三十枚は大きな投資。でも、絶対に回収できる。それに――)


「ジュード、実は前から作ってみたかった冷たい料理がたくさんあるの」


「例えば?」


「冷製パスタに、冷製スープ。それから、なめらかプリン……」


 目を輝かせるリーナに、ジュードは笑った。


「なめらかプリン? それは団長に先に食べられそうな予感しかしない」


「その可能性は高いね」


 二人の笑い声が、夕暮れの道に心地よく響いた。こうして――アードベルを美食の街へと導く、新たな一歩が確かに踏み出されたのだった。

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