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森で出会った、最上級の焼き鳥

ジュードは剣を抜くと、フェングリフの胸元を指差した。


「このあたりの肉が一番柔らかそうだな。あと、手羽も使えそうだ」


「そうそう、胸肉は淡白だけど旨味があるし、手羽は脂がのってるからジューシーなの」


リーナが身を乗り出しながら言う。前世の記憶と舌の記憶が重なり、自然と料理の知識が口を突いて出た。


ジュードの剣捌きは鮮やかだった。羽根の間から皮を剥ぎ、胸の筋肉を丁寧に切り出す。手羽は関節で綺麗に外し、手早くまとめていく。


「おお、見事なもんじゃ」


マルクが感心して声を上げる。


「騎士団では素材の採取も教わるんだ。まさか食べるために使うとは思わなかったけどな」


切り分けられた肉に、リーナはそっと手をかざした。


その瞬間、視界にふわりと薄い文字が浮かび上がる。


『フェングリフ胸肉』

『品質:最上級』

『食感:軍鶏以上の締まりと旨味』

『調理法:焼き、蒸し、揚げすべてに適合』


『フェングリフ手羽先』

『品質:上級』

『脂質:適度な脂肪で風味豊か』

『骨:出汁に最適』


リーナは無言でそれを見つめ、納得したように頷いた。


「……素材としては、申し分ないわ」


* * *


「さて、火を起こすか」


ジュードが近くの枯れ枝を拾い集めながら言った。


「魔法で火を出せば楽じゃないのかい?」


アンナが首をかしげる。


「魔法の炎は強すぎてさ。調理には向かないんだ。薪火の方が加減しやすいよ」


そう言ってジュードは火打ち石を取り出し、乾いた草に火花を散らす。まもなく、ぱちぱちと音を立てて小さな炎が燃え上がった。


「さすが。慣れてるんだね、こういうの」


「遠征だと自分で飯作るからさ。火と刃物の扱いは、命に関わるんだ」


焚き火が安定するのを見て、リーナはちょうど良い太さの枝を拾い、串づくりに取りかかった。


「これを削って……っと」


ジュードがナイフを貸し、器用に先を尖らせていく。


「野営の時は、こういう道具も自分で作るんだよ」


リーナは胸肉を一口大に切り、手羽先も使いやすく整えながら、肉を串に刺していく。御者から小さな塩袋を受け取り、表面に軽くふりかける。


「まずは塩だけで、素材の味を活かしましょう」


火の上に串をかざし、リーナの目がわずかに細まった。


――ここからが本番だ。


* * *


じゅうっ。


焚き火の上で肉が焼ける音が響く。その音とともに、ぱちぱちとはぜる薪の香りが立ちのぼった。


そして——


「……何かしら?この匂い」


アンナが思わず顔を上げた。


ふんわりと鼻先をかすめたのは、こんがりと焼けた皮の香ばしさと、じわりと滲み出る旨味の気配。獣臭いどころか、食欲を刺激する芳ばしい香りが焚き火の煙に混じって漂ってくる。


「魔物って、もっと臭いもんかと思ってたが……」


マルクが鼻をひくつかせて目を丸くした。


「これは……匂いだけでも、もううまいってわかるな」


「……まさか、こんな香りがするなんて」


リーナは串をくるくると回しながら、火の加減を確かめる。胸肉の表面が白く変わり始め、手羽の皮がぷつぷつと泡を立てて焼き縮んでいく。


「焦がさないように、じっくり火を通して……よし、これで」


火から外した一本の串。きつね色の焼き目がついた肉から、湯気とともにじんわりとした肉汁が滴っていた。


* * *


「じゃあ、いただきます」


リーナが手に取ろうとすると、ジュードが手を伸ばす。


「ちょっと待って。まずは俺が——」


「大丈夫。私がやりたいって言い出したんだから」


そう言って笑い、胸肉の串にかぶりつく。


もぐもぐ……。


「……美味しい……!」


噛んだ瞬間、外は香ばしく、中はふっくらと柔らかい。じゅわっと広がる肉汁は野生の力強さと繊細な旨味を兼ね備え、舌の上に心地よく広がっていった。


「本当かの?」


マルクが身を乗り出す。


「すごく上品で、でもしっかり味があるの。美味しいわ」


串を受け取ったマルクが一口齧る。噛みしめたまま動きを止め、驚きに目を見開いた。


「……これが……魔物の肉?」


さらにもう一口。今度はしっかり味わってから、満面の笑みを浮かべる。


「信じられん! 本当に旨い!」


アンナも串を手に取るが、まだ半信半疑の顔だった。


「大丈夫? ……本当に?」


「保証するぞ。儂が食った。うまかった」


マルクの熱弁に背中を押され、アンナは小さく一口。


「……あら」


もう一口。今度は大きく。


「あらあら……これは、すごいわ!」


* * *


ジュードも無言で手を伸ばし、がぶりと齧る。


「……うまっ!」


短く、それでいて深い感嘆が漏れた。


「でしょ? 手羽の方も焼けてきたから、試してみて」


手羽の皮はカリッと焼き上がり、中の肉はしっとり。骨の周りの旨味が、噛むごとに口いっぱいに広がっていく。


「皮の香ばしさと、骨の周りの味がいいな。酒がほしくなる味だ」


ジュードが骨だけになるまで綺麗に平らげる。


「もう一本!」


「私も!」


マルクとアンナが声をそろえ、リーナは嬉しそうに次の串を焼き始めた。


こうして切り分けた胸肉と手羽先は、全て焼き鳥となり、皆の舌と心を満たしていった。


* * *


「ほんとに美味しかった……」


アンナが満足そうにお腹をさする。


「リーナちゃんの料理、本当にすごいのね。魔物の肉をこんな風に……」


「ありがとうございます。街に着いたら、もっと本格的な料理を作ってみたいです。唐揚げに、煮込み、蒸し料理も」


「それは楽しみだな」


ジュードが立ち上がり、馬の荷紐を調整する。


「でも、問題がひとつある」


「何?」


「残りのフェングリフ、全部は持ち運べない。俺の馬じゃ、これ以上は無理だ」


「……そうよね」


リーナが肩を落としかけたそのとき、ジュードが笑って見せた。


「でもさ、騎士団用の簡易運搬具を常備してるんだ。少量なら括りつけて運べるよ。残りは、騎士団に連絡して後で回収させるから」


「そんなこと、してもらっていいの?」


「当然だよ。これだけの素材、無駄にできるわけがないし」


ジュードが馬に荷を括りつけながら、リーナを見てウィンクする。


「それに……リーナの本格的な料理、もっと食べてみたいからな」


リーナはふっと笑った。


「じゃあ、街に着いたら絶対に美味しい料理を作ってみせる。楽しみにしてて」


「約束だぞ!」


「ええ、約束」


二人はしっかりと手を握る。その様子を見ていたマルクとアンナが顔を見合わせ、微笑んだ。


「ええ子たちじゃのう」


「本当にね」


* * *


ジュードがフェングリフの肉を括り終え、馬にまたがる。


「じゃ、先に街へ向かって業者に話を通しておく。明日にでも来てよ!」


「気をつけてくださいね」


「それより——」


ジュードは背を向けたまま、声だけを残して走り出す。


「街に着いたら料理、楽しみにしてるからなー!」


夕陽の中、馬を駆る彼の後ろ姿を見送りながら、リーナは心に誓った。


(絶対に、もっと美味しい料理を作ってみせる)


新しい人生の第一歩は、森の焚き火で焼かれた一本の串から始まった。


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