騎士団と和定食
夕方、「アンナの食卓」の扉が勢いよく開いた。
「いらっしゃいませ!」
ジュードを先頭に、いつもの騎士たちが次々と入ってくる。ガレス、シリル、アデライン、ルーク。いつもの顔ぶれだが、今日はどこか疲れた様子がにじんでいる。
「お疲れ様です。なんかいつもより疲れてますね」
リーナが笑顔で迎えると、ガレスが肩を回しながら深いため息をついた。
「きつかったぜ……日が照ってると、鎧が鍋みてぇなんだよな。動くだけで汗が吹き出す」
ルークも汗を拭いながら頷く。春のころとはまるで違う暑さに、じわじわと体力を削られているようだ。アデラインがうなじの髪を軽く払い、ジュードが肩をすくめて苦笑いを浮かべる。本格的な夏を前に、騎士たちの疲労は確実に蓄積していた。
「大変ですね。あ、今日はちょっと試してもらいたい料理があって」
リーナの声が弾む。途端にみんなの顔がぱっと明るくなった。
「また何か作ったのか?」
「楽しみにしてました!」
その様子に、リーナも嬉しそうに頷いた。
「昨日、新しい食材をいくつか手に入れまして、ちょっとずつ試作してみたんです」
リーナは運んだ膳を一つずつ丁寧に並べながら説明する。テーブルに並ぶ料理はどれも彩り豊かで、思わず息を呑むような美しさだ。艶やかに和えられたほうれん草の胡麻和え。細く刻まれた黒大根と人参の、甘辛く炒められたきんぴら。香ばしく焼き上げられたアジの干物。その横には、すりおろされた黒大根おろし。ふんわりと湯気の立つ味噌汁に、つやつやと光る炊きたての白米。
「あら~」
アデラインが思わず声を漏らす。いつもとは違う香りが漂っていた。
「昨日、街でゴマや唐辛子、それからアジの干物を見つけたんです」
「おっ、あの時のか!」
「そうそう。特に唐辛子、少し使っただけで体がぽかぽかするの。コショウとはまた違う、芯から温まるような感じで」
リーナが熱をこめて説明すると、みんなが興味津々の顔になった。
「それじゃあ、いただきます!」
ジュードが手を合わせ、みんなが続いた。
まず手を伸ばしたのは、胡麻和え。一口食べた瞬間、ガレスが目を見開いた。
「……うおっ、なんだこの香り! 香ばしくて、ほうれん草の青臭さがまるでない!」
シリルも静かにフォークを進めながら、ゴマの風味の豊かさに感心している。ルークがゆるりと微笑み、アデラインは味の余韻を楽しむように、手を止めた。甘さがしつこくなく、ちょうどよい加減だ。その様子を見て、リーナはふふっと嬉しそうに笑った。
次に、黒大根と人参のきんぴらに手が伸びた。ルークが一口食べて目を見開く。
「あ、これ……ちょっと辛い! でも……不思議と、嫌な辛さじゃないな」
じわっと体の中が温まる感じだ。ピリッとした刺激が、訓練で疲れた体に食欲を呼び覚ます。
「最初はほんの少しだけ入れたんですけど、それだけでも十分でした」
リーナが少し身を乗り出して説明する。
「暑い時期にこういう辛味をちょっと足すだけで、食欲が戻るかもって思って」
「うん、それ分かるな。これ、慣れたらクセになるよ」
ルークが笑いながら、おかわりをねだった。
アジの干物に手をつけると、焼き目から香ばしい匂いが漂ってくる。干すことで味が凝縮され、身がぎゅっと詰まっていて、噛むたびにうま味が広がる。黒大根のおろしが魚の脂をさっぱりとさせ、絶妙な組み合わせになっていた。
「お母さんにも作ってあげたい。魚を焼くだけなら、できそうです」
ルークが目を輝かせると、リーナが優しく笑った。
「焦がさないようにすれば、それで十分だよ」
味噌汁からは、出汁の香りがほのかに漂い、ひと口すするたびに体がほっと緩む。炊きたてのご飯もふっくらとしていて、甘みが引き立っている。ジュードがしみじみと呟いた。
「やっぱり、お味噌汁があると落ち着くわ~」
アデラインも満足げに微笑む。どれも主張しすぎないのに、ちゃんと美味しい。そんな絶妙なバランスだった。
食事がひと段落すると、ジュードがふうっと深く息を吐いた。
「なんだか、今年の夏は乗り切れる気がしてきた」
「この唐辛子ってやつ、もっと使えそうだな。いろんな料理に試してみたらどうだ?」
そのとき、ジュードがふっと表情を曇らせた。
「でもさ、毎年夏になると、食欲がなくなるんだよな。あれが辛くてさ」
暑さで体力は削られるのに、食べられない。訓練が終わっても何も喉を通らず、厨房の料理を残してしまうことも多い。騎士たちの表情が、一様に重くなった。
「それなら、今度の料理教室でロドリックさんと相談してみます」
リーナがぱっと顔を上げて言った。
「それはいいな!あの人となら、きっと面白いアイデア出てくるな」
ジュードが明るく笑う。ガレスが真剣な表情で身を乗り出した。
「頼んだぞ、リーナ。夏バテなんてしてられねぇからな」
「唐辛子の効果も活かせるといいですね」
「私たちも、食べやすい料理があったら、ちゃんと伝えるわ」
「うん。みんなで考えましょう」
リーナは、しっかりと頷いた。
食事を終えた騎士たちは、それぞれ満足げに帰っていった。アデラインが軽やかに手を振り、ルークが新しい料理への期待を口にする。ガレスが元気よく拳を振り上げて去っていく。
最後に残ったジュードが、リーナに向き直った。
「リーナ、ありがとう。俺たちのこと、いつも気にかけてくれて」
「そんなの、当然でしょ?」
リーナはあっけらかんと笑う。
「みんなが美味しそうに食べてくれるから、私も頑張れるんだよ。それに……」
頬を少し染めながら、言葉を続けた。
「美味しいって顔を見るのが、一番うれしいんだから」
「夏向けの料理、期待してるよ」
ジュードが、あたたかい笑みを残して店を出ていった。
静かになった厨房で、リーナは片付けをしながら今日の手応えを感じていた。
「夏でも、ちゃんと食べられる料理……」
ふと思いついたアイデアが浮かんで、リーナは小さく笑う。
「ロドリックさんと一緒なら、もっと面白いことができそう」
唐辛子の温める力。ゴマの香ばしさ。干物の旨味。今日の試みが、きっと誰かの力になる。そんな確信があった。
「よーし、次の料理教室が楽しみだな!」
リーナは鼻歌を口ずさみながら、最後の器を丁寧にふき終えた。




