騎士団とおにぎり
夕暮れ時の「アンナの食卓」は、いつもの夜営業の準備に追われていた。
常連限定のお任せ料理の時間。今夜もきっと、馴染みの顔ぶれがやってくるだろう。
リーナは厨房で、エドワードさんから届いたコメを見つめていた。
あの感動は、まだ胸の奥に温かく残っている。
(今夜は、みんなにも食べてもらおう)
炊きたてのご飯と、それに合うおかず。そして、この国ではまだ知られていない「おにぎり」という食べ方。
きっと驚いてくれるはずだ。
「リーナちゃん、今夜は何を作るの?」
アンナが覗き込んでくる。
「コメを使った料理です。きっと皆さん、びっくりしますよ」
「ふふ、楽しみね」
そんな時、店の扉が勢いよく開いた。
「よっ、今夜もよろしく!」
元気な声と共に現れたのは、ガレスだった。
その後ろから、シリル、アデライン、ルーク、そして最後にジュードが続く。
騎士団の面々が揃って来店だ。
「みなさん、いらっしゃいませ」
リーナは笑顔で迎える。
「今夜は、特別な料理をご用意しました」
「特別って?」
ジュードが興味深そうに首をかしげる。
「秘密です。でも、きっと驚いていただけると思います」
リーナはくすりと笑う。
「まあ、楽しみね~」
アデラインが手を叩く。
「リーナさんの『特別』は、いつも想像の上を行きますからね」
みんながテーブルに着くと、リーナは厨房に向かった。
まずは、ストームホーンのひき肉から取りかかる。
ストームホーンの赤身は、ひき肉にしても野性的な旨味が残っている。
フライパンに油を熱し、ひき肉を入れてじっくり炒める。そこに味噌、砂糖、醤、そしてすりおろしたにんにくを加え、全体をしっかりと混ぜる。
火が通っていくにつれて、肉の色が赤から香ばしい茶色へと変わっていく。鍋肌から立ち上るのは、甘じょっぱい香りと、ほんの少し焦げた味噌の深い匂い。
「うわあ、いい匂いがしてきたぞ」
ガレスが鼻をひくつかせる。
「なんだか、普段とは違う香りですね」
シリルが興味深そうに言う。
水分を飛ばしながら、パラパラになるまで丁寧に炒め続けた。ひき肉が艶やかな茶色に仕上がり食欲をそそる。
「そぼろの完成です」
次に、お味噌汁の準備。
すでに灰汁を抜いておいたほうれん草と、薄切りにした玉ねぎを用意する。
出汁を沸かし、玉ねぎを入れて柔らかくなるまで煮る。
ほうれん草は最後に加えて、さっと火を通すだけ。
「いい匂いだな~」
マルクが厨房を覗く。
「今夜の料理、俺も楽しみだよ」
そして、いよいよメインのコメを炊く。
前回と同じように、丁寧に研いで、水加減を調整する。
強火で沸騰させてから弱火に落とし、15分ほど炊く。
チリチリと音がしてきたところで火を止めて、10分蒸らす。
待っている間、厨房には香ばしい炊飯の香りが漂った。
「…なんだ、この匂い」
ジュードが立ち上がって、厨房の方を見る。
「マジで気になる。何作ってるんだ、リーナ」
「もう少しお待ちください」
リーナは微笑みながら、蓋を開ける。
真っ白でふっくらとしたご飯が、艶やかに輝いていた。
「よし、完成です」
まずは、炊きたてのご飯を小さなお椀によそう。
湯気が立ち上る真っ白なご飯を、みんなの前に並べた。
「これは…」
シリルが目を丸くする。
「白くて、ふっくらしてる」
ルークが不思議そうに見つめる。
「これが、前にエドワードさんが持ってきたコメっていうものなの?」
アデラインが感嘆の声を上げる。
「はい。コメを炊いたものです。どうぞ、召し上がってみてください」
「いただきます!」
ガレスが一番に口に運ぶ。
一口噛んだ瞬間、その表情がパッと明るくなった。
「最高だ!なんだこれ、もちもちして甘い!」
「腹持ちも良さそうだな!」
続いてシリルが慎重に味わう。
「この炊飯という技術は実に興味深い…少ない水でこれほどふっくらと」
「腹持ちが良さそうで、遠征時の携行食としても優秀では?」
アデラインは上品に一口、目を細めた。
「あら~、意外と上品な味ね。パンともパスタとも全然違う」
ルークも嬉しそうに頬張る。
「すごく美味しいです!優しくて、温かい味」
ジュードも一口食べてみると、驚いたような顔になった。
「マジで?こんなに美味いの?この焦げたところも最高だな!」
「なんか…ホッとする味」
みんなの嬉しそうな表情を見て、リーナは胸が温かくなる。
「実は、このコメを使って、もっと面白い食べ方があるんです」
「面白い食べ方?」
ガレスが身を乗り出す。
「握って食べるんです」
「握る?」
一同が首をかしげる。
リーナは手を洗うと、温かいご飯を手のひらに取った。
軽く塩をまぶしてから、両手で優しく握る。
三角形に整えて、手のひらサイズのおにぎりが完成した。
「こんな感じです」
「おお…」
みんなが息を呑む。
「手で握っただけなのに、なんか特別な食べ物に見える」
ルークが感心する。
「これなら、手で食べやすそうですね」
シリルが分析的に言う。
「可愛い形ね~」
アデラインが目を輝かせる。
「俺も作ってみたい!」
ガレスが手を挙げる。
「じゃあ、みんなで作ってみましょうか」
リーナは笑いながら、みんなの前にご飯を分ける。
「まずは塩を少しだけつけて…」
「こうか?」
ジュードが見よう見まねで握り始める。
「うわ、意外と難しい」
「力を入れすぎると潰れちゃいますよ。優しく、でもしっかりと」
リーナがコツを教える。
「できた!」
ルークが嬉しそうに三角おにぎりを掲げる。
「俺のは形がいびつだな」
ガレスが苦笑いする。
「でも、自分で作ると愛着が湧くわね~」
アデラインが満足そうに眺める。
* * *
「そして、こちらはそぼろを入れたおにぎりです」
リーナが、先ほど作ったストームホーンそぼろを見せる。熱々の白いご飯に混ぜ込み、やさしく握り込むと、茶色い粒々がご飯の間にちらほらと見える、美味しそうなおにぎりができあがった。
「うおお、豪華版だ!」
ガレスが目を輝かせる。
「そぼろおにぎり、どうぞ」
みんながそれぞれ手に取る。
最初の一口をかじると、表情がぱっと変わる。
「うまい!肉の味がじゅわってくる!」
ガレスが嬉しそうに叫ぶ。
「ご飯と混ぜるだけで、こんなに贅沢な味になるなんて」
ルークが感心する。
「そぼろの旨味と甘みが、ご飯の一粒一粒に絡んで……これは完成された一品ですね」
シリルが真面目な顔でうなずく。
「手で食べるって、なんだかあったかい気持ちになるわ~」
アデラインがうっとりと目を細めた。
「すげぇうまい」
ジュードが素直に感動している。
おにぎりの中から広がる肉の旨味と、白ご飯のやさしい甘さ。その絶妙なバランスに、誰もが思わず頬を緩めた。
「握るだけでこんなに食べやすくなるなんて」
「そして、最後にお味噌汁です」
リーナが温かいお味噌汁を配る。
玉ねぎの甘みとほうれん草の緑が美しい、優しい味わいの汁物だ。
「あ~、これで完璧だ」
ガレスが満足そうにため息をつく。
「バランスが取れてますね」
シリルが分析する。
「温かい汁物があると、心も温まるわ~」
アデラインが幸せそうに微笑む。
みんなでおにぎりを手に持ち、お味噌汁をすすりながら、和やかな時間が流れる。
「リーナ、これすごいよ」
ジュードが感動したように言う。
「握るだけで、こんなに特別な食べ物になるなんて」
「ありがとうございます」
リーナは嬉しそうに微笑む。
「コメは、他にもいろんな料理にできるんです」
「他にも?」
一同が興味深そうに身を乗り出す。
「炒めたり、スープに入れたり…まだまだ可能性がたくさんあります」
「それも今度、食べさせてくれ」
ガレスが期待に満ちた声で言う。
「もちろんです」
リーナは頷く。
夜が更けていく中、「アンナの食卓」には温かい笑い声と、満足した表情があふれていた。
握って食べる喜び、温かいご飯の優しさ、そして仲間と分かち合う食事の幸せ。
それらすべてが、この小さな店に、温かく詰まっていた。




