表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/125

慰労会の夜と初めてのお酒

「いただきます!」の声と共に、慰労会が始まった。


 夕暮れの石畳に並んだテーブルには、色とりどりの料理が湯気を立てている。街の人々と騎士団が一緒に囲む光景は、まさにお祭りのような賑やかさだった。


「うおおお!」


 ガレスが真っ先にストームホーンの赤ワイン煮込みに手を伸ばした。一口食べると、目を見開いて唸り声を上げる。


「これは……!肉がとろっとろじゃないか! あの硬いストームホーンが、こんなに柔らかくなるなんて!」


「本当ね」


 アデラインも一口味わって、感嘆の声を漏らした。


「赤ワインの深い味わいと、野菜の甘みが見事に調和してるわ。この複雑な味は、一体どうやって?」


「長時間煮込むことで、肉の繊維が柔らかくなるし、野菜の旨味もスープに溶け出すんです」


 リーナが説明すると、シリルが感心して頷いた。


「なるほど。ちゃんとした根拠があるのですね。魔物の肉質を理解した上での調理法とは、実に興味深い」


「うまい、うまい!」


 ルークは素直に美味しさを表現しながら、次々と料理に手を伸ばしていく。


「この鍋も最高! ミソっていうの? この調味料……」


 アースボアの鍋も大好評だった。出汁の効いた味噌ベースのスープに、薄切りのアースボア肉と野菜が絶妙に絡み合っている。


「これは……液体の芸術だ」


 ロドリックが、湯気立つ鍋を前に厳かに口を開いた。


「否――これは、大地の叙事詩だ」


 スプーンをそっと置き、目を閉じる。


「味噌の深みは、大地の記憶。出汁の余韻は、海の囁き。具材ひとつひとつが、季節と対話しながらこの鍋に辿り着いた……!  これは単なる料理ではない。火と水と塩と命が織りなす、世界の調和!」


 その場に、妙な緊張感が走った。まるで一つの演説を終えたかのような沈黙――


「……ロドリックさん、もしかして今、呼吸止めてた?」


 アデラインが真顔で突っ込むと、堰を切ったように笑い声が弾ける。


「でもまあ、言ってることはわかるかも……ちょっとだけな!」


 ガレスが爆笑しながら、鍋のふちを覗き込んだ。


「確かに、これほどの料理は滅多に味わえない」


 団長も満足そうに頷いた。


 焼き鳥も大人気だった。炭火で焼かれたフェングリフの肉は香ばしく、みんなで串刺しした思い出も手伝って、和やかな雰囲気を演出している。


「自分で刺した串が一番美味い気がするな」


 トムが笑いながら言った。


「わかる!」


 マリアも同意する。


「みんなで作ると、何でも美味しく感じるよね」


 その時、金の麦穂亭の方向から、フリッツとローラが歩いてくるのが見えた。フリッツは上質そうなワインボトルを数本抱えている。


「すみません、お楽しみ中に失礼します」


 フリッツが申し訳なさそうに言った。


「宿の夕食準備で参加できませんが、慰労会にふさわしいものをと思いまして」


「ワインを持ってきました」


 ローラも笑顔で続けた。


「騎士団の皆さんの、遠征お疲れ様の気持ちを込めて」


「おお、ありがたい」


 団長が立ち上がって感謝を述べた。


「気を遣わせてしまって申し訳ない」


「いえいえ、先日はリーナさんに助けていただきましたから」


 フリッツが頭を下げる。


「では、宿に戻らせていただきます。ごゆっくり」


 二人が去った後、ワインボトルがテーブルに並べられた。


「せっかくだから、開けようか」


 ガレスが提案すると、みんなが賛成した。


「リーナも飲む?」


 ジュードが尋ねると、リーナは少し戸惑った。


「あの……お酒は初めてで」


(今世では初めて飲むお酒か)


 内心でそう呟きながら、リーナは好奇心と緊張を感じていた。前世では普通に飲んでいたアルコールだが、この体では本当に初めてだ。


「なら、少しずつ飲んだ方が良い」


 団長が優しく言った。


「ほどほどが一番だ」


「俺が見てるから大丈夫だよ」


 ジュードも心配そうに付け加えた。ワインがグラスに注がれると、豊かな香りが立ち上った。リーナは恐る恐る一口含んでみる。


「あ……」


 前世の記憶と重なるような、でもこの体には新鮮な味わいが口の中に広がった。ほんのりとした甘みと、深いコクがある。


「美味しいです」


 リーナの素直な感想に、みんなが微笑んだ。


「良かった」


「リーナの初お酒だもんな!」


 少しずつワインを飲みながら、話は自然と遠征の話題に移った。


「ところで、遠征はどうでした?」


 リーナが尋ねると、騎士団のメンバーたちが顔を見合わせた。


「大変でした!!」


 ルークが口火を切る。疲労の滲んだ声だったが、無事に帰還できた安堵感の方が勝っているようだった。リーナは彼の表情を見ながら、遠征がどれほど過酷だったのかを想像した。


「新種の魔物が予想以上に強くて」


「ストームホーンもその一種でしたね。通常の魔物より知能が高く、群れで行動していまして」


「討伐に時間がかかってしまったが、まぁなんとか片付いた」


 団長の言葉に、周囲の人たちが安堵の表情を浮かべた。


「街の安全は確保できたと思う」


「でも一番大変だったのは……」


 アデラインの意味深な笑みに、リーナは首を傾げる。魔物との戦闘以上に大変なことがあったのだろうか。


「食事よ」


「ああ、それは確かに」


 騎士たちが一斉に頷いた。どうやら全員が同じ苦労を味わっていたらしい。


「遠征食は保存が利くけど、やっぱりリーナの料理が恋しくてさ」


「特に最後の一週間は辛かった」


「燻製や乾燥野菜もいいけど、やっぱり美味しい料理が食べたくなる」


「俺なんて、リーナの出汁の香りを思い出しては、ため息ばっかりついていたよ」


「そんなに……」


 嬉しさと申し訳なさで、胸がいっぱいになる。ワインの影響もあって、いつもより感情が表に出やすくなっているのを感じた。


「みなさん疲れていたのに、私を助けてくださって」


「何を言っている」


 団長が穏やかに遮った。


「そうそう」


「リーナちゃんは、この街の宝物なのよ」


「みんなでリーナちゃんを守るのは当然よ」


 次々とかけられる温かい言葉に包まれて、リーナの目に涙が浮かんだ。


「ありがとうございます……」


「泣くなよ」


 ジュードが優しく声をかけた。


「今日は楽しい日なんだから」


「そうだ!」


 ガレスが声を上げた。


「甘いものはまだか? って団長がそわそわしてるぞ」


「そわそわなどしていない!!」


 団長が慌てて否定したが、確かにスフレチーズケーキの方をちらちらと見ていた。


「はい、お待たせしました」


 リーナが笑いながらスフレチーズケーキを切り分けて配る。ふわふわの食感と、濃厚なチーズの味わいが口の中に広がった。


「これは……!」


 団長が一口食べて、明らかに表情を緩ませた。


「実に、美味だ」


「団長、顔に出てますよ」


 アデラインがからかうように言うと、団長は慌てて表情を引き締めようとした。


「別に、甘いものが特別好きというわけでは……」


「もう一切れいかがですか?」


 リーナが尋ねると、団長は一瞬迷ってから頷いた。


「では、もう少しだけ」


 その様子に、みんなが温かい笑い声を上げた。

 ワインと美味しい料理、そして大切な人たちとの会話。リーナにとって、これ以上ない幸せな時間だった。

 月が昇り始めた夜空の下、慰労会はまだまだ続いていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ