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休日散策と新しい出会い

朝日が窓から差し込んで、リーナは自然に目を覚ました。いつもなら店の準備で忙しく動き回っている時間だが、今日は待ちに待った休日だ。


「あら、リーナちゃん、おはよう」


階下に降りると、アンナさんが温かいスープを用意してくれていた。


「おはようございます。わあ、いい香り! スープ、ありがとうございます!」


「良かったわ、今日はゆっくり街でも見て回ったらどうかしら?アードベルに来てからまだ街をじっくり散策してないでしょう?」


アンナさんの提案に、リーナの目が輝いた。確かに市場と店の往復、たまに森へ食材探しに行くくらいで、街そのものをゆっくり歩いたことがなかった。


「それ、いいですね!アードベルのこと、もっと知りたいです」


「マルクと私も若い頃はよく街を歩いたものよ。きっと素敵な発見があるわ」



* * *



朝食を済ませ、軽装で街に出たリーナ。普段より遅い時間の大通りは、また違った賑わいを見せていた。


石畳の道には平原からの爽やかな風が吹き抜け、街路樹の葉がさらさらと音を立てている。アードベルは確かに交通の要所だけあって、様々な商人や旅人の姿が見える。馬車の往来も多く、活気にあふれていた。


「あら、リーナさん!」


声をかけられて振り返ると、見慣れた顔立ちの若い女性が手を振っていた。ベラさんにそっくりな、人懐っこい笑顔の持ち主だ。


「あの……どちら様でしょうか?」


「初めまして!マリア・グリーンです。ベラ叔母さんの姪なんです。叔母さんから、リーナさんのお話はたくさん聞いてます」


マリアは20歳とのことで、リーナと同じ年だった。隣町から乾物屋開店の準備を手伝うために最近アードベルに来たのだという。


「あ、ベラさんの!お疲れ様です、乾物屋の準備は順調ですか?」


「おかげさまで!来週には開店できそうです。リーナさんの料理のおかげで、ツチタケやウミクサの需要がすごくて、仕入れが大変なくらいです」


マリアの明るい笑い声に、リーナも自然と笑顔になった。


「あ、堅苦しいのは苦手なんです。同い年ですし、敬語なしでマリアって呼んでもらえませんか?私もリーナって呼びたいです!」


「もちろん!よろしくね、マリア」


「こちらこそ!今日はお休みで街を散策してるの?」


「そうなの。まだアードベルをじっくり見て回ったことがなくて」


「それなら一緒に回らない?私もアードベルをもっと知りたくて。あ、最近出来た友達も紹介したいわ!」



* * *



マリアに案内されて向かったのは、街の中心部にある「金の麦穂亭」という高級宿屋だった。立派な石造りの建物で、看板には金色の麦の穂が美しく彫られている。


「ローラ!」


マリアが呼ぶと、宿の入り口から茶色の髪を三つ編みにした可愛らしい少女が現れた。同じか少し年下だろうか、控えめだが芯の強そうな目をしている。


「マリア、おはよう。あ、もしかしてリーナさんですか?」


「はい、初めまして」


「ローラ・ハートウェルです。この宿の娘なんです。あの、兄がいつもお世話になっています」


ハートウェル。その名前に聞き覚えがあった。


「もしかして、ルークさんの?」


「はい!兄が騎士団でお世話になってます。いつも『リーナさんの料理は最高だ』って言ってくるんですよ」


ローラの顔がぱっと明るくなった。兄への愛情が伝わってくる。


「ルークさんは遠征中ですね。きっと元気にしてますよ」


「ありがとうございます。でも心配で……新種の魔物って聞いてるので」


「大丈夫です。ジュードさんたち、とても頼りになりますから」


「そうですね。あ!私のことはローラって呼んでください!」


「じゃあ、私のことはリーナで、敬語もいらないよ」


「わかった!」



3人で街を歩き始める。商業区域には様々な職人の工房が軒を連ねていた。鍛冶屋のハンスさんの工房からは金槌の音が響き、仕立て屋では美しい布地が風にはためいている。


「この街、本当に活気があるね」


「ええ、王都からも隣国からも人が来るからね。でも最近は……」


ローラの表情が少し曇った。


「最近は?」


「実は困ったお客様が来てるの。隣国クラリスからの貴族のカップルなんだけど」


マリアも眉をひそめた。


「あー、あの人たちね。叔母さんも『感じの悪い客が来てる』って言ってた」


「婚前旅行とかで各地を回ってるみたいで、とにかく横柄で……料理にも文句ばかりで『田舎料理』だって馬鹿にするの」


リーナの胸に嫌な予感がよぎった。クラリス王国の貴族で、婚前旅行中のカップル。


「その方たち、どんな……」


「男性の方は公爵家の三男様で、すごく傲慢!女性の方も負けず劣らずで。お客様を悪く言いたくはないんだけどさ」


ローラの困った表情を見て、リーナは心の中で祈った。違っていてほしい……。



* * *



住宅街を通り抜けながら、3人は楽しく会話を続けた。石畳の小道は美しく整備され、家々の窓から漂ってくる料理の匂いも、以前より豊かになったような気がする。


「あ、この匂い!」


マリアが立ち止まった。


「出汁の匂い!」


「そうそう!最近、どの家庭でも出汁を取るのが流行ってるんだよ。ツチタケとウミクサを使って、琥珀色で美味しいスープを作るの」


「リーナさんのレシピのおかげだね」


リーナは少し照れくさくなった。自分の料理が街の人々の生活を変えているのを実感すると、嬉しい反面、責任も感じる。


街の中心にある広場には美しい噴水があり、周りには石のベンチが置かれている。平原の風が心地よく、多くの人々が休憩している。


「この広場、素敵!」


「昔からアードベルのシンボルなの。商人さんたちもよくここで休憩していくのよ」


噴水の水音を聞きながら、3人はベンチに腰かけた。


「リーナって、料理の才能がすごいよね。私も叔母さんの商売を手伝ってるから分かるけど、街全体の食文化を変えるなんて」


マリアの素直な感嘆に、リーナは謙遜した。


「私はただ、美味しいものを作ってるだけなんだけどな」


「でも、それがこんなに多くの人を幸せにしてるじゃない!」


ローラも頷いた。


「兄の手紙にも書いてあったよ。『リーナさんの料理のおかげで、騎士団の士気が上がった』って」


ローラがにっこり笑って言った。


「うちのご飯も、前よりずっとおいしくなったんだよ。リーナのレシピ、みんな真似してて!」



* * *



昼過ぎ、3人がアンナの食卓に戻ると、街の配達員が荷物を運んできているところだった。


「リーナちゃん、騎士団から荷物よ」


アンナさんが嬉しそうに教えてくれた。


「騎士団から?」


荷物には見慣れない魔物の肉と、ジュードからの手紙が入っていた。


「まあ、手紙!」


マリアとローラが興味深そうに見ている。


手紙を開くと、ジュードの文字が踊っていた。


『リーナへ


遠征は順調だけど、予想以上に手強い魔物で苦戦してる。でも新種魔物の生態が分かってきたから、あと2週間くらいで片付けられそうだ。


珍しい魔物を仕留めたから送る。ストームホーンって呼ばれてる鹿系の魔物で、きっとリーナなら美味しい料理にしてくれると思ってさ。


街の様子はどう?みんな元気にしてる?正直、リーナの料理が恋しくてたまらない。帰ったらまた美味しいものを作ってもらえるかな。


それじゃあ、体に気をつけて。


ジュード』


「あら、ジュードさんからね」


アンナさんがにっこりと笑った。


「ストームホーンって魔物の肉を送ってくれました」


荷物を開けると、確かに鹿肉のような赤身の肉が入っていた。脂肪が少なく、野性的な香りがする。


目を凝らして鑑定してみる。


『ストームホーン肉』

『品質:上級』

『特性:赤身で脂肪分が少ない、野性味のある深い味わい』

『用途:ロースト、煮込み、燻製に適している』


「野性的な香りがするね」


ローラが興味深そうに見ている。


「わっ、すごくきれいな赤身!これ絶対おいしいよ!」


マリアも料理に興味があるようだ。


「今度、みんなで食事会でもしない?」


リーナの提案に、2人の目が輝いた。


「本当?」


「やった!絶対やろう!」



* * *



夕方、マリアとローラを見送りながら、リーナは充実感に満たされていた。久しぶりの休日で、アードベルの街をじっくり見て回ることができた。そして何より、新しい友人ができたことが嬉しかった。


アードベルに来てから、年の近い友達ができたのは初めてだった。マリアの活発さとローラの優しさ、どちらもリーナには新鮮だった。


「楽しい1日だったみたいね」


アンナさんが温かく微笑んだ。


「はい、本当に。街のことも知れたし、素敵な友達もできました」


ジュードの手紙を読み返しながら、リーナは小さく笑った。「料理が恋しい」という言葉に、胸がほんのり温かくなる。


(あと2週間かあ……)


ストームホーンの肉を見つめながら、リーナは考えた。帰ってきたジュードたちに、また美味しい料理を作ってあげたい。


でも今は心配な話もある。ローラが言っていた嫌な客のことが気になっていた。クラリス王国からの貴族カップル、公爵家の三男で婚前旅行中。


まさかとは思うが、もしそれがエリオットとミランダだとしたら……。


「リーナちゃん、どうしたの?」


「あ、いえ、何でもありません」


アンナさんに心配をかけるわけにはいかない。


明日からまた忙しくなるだろう。乾物屋の開店も近いし、ストームホーンの料理も考えなければならない。


でも今日は、新しい友人たちと過ごした楽しい時間を大切にしたい。平原の風が心地よく吹き抜ける街で、リーナの新しい生活は確実に根を張り始めていた。

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