秋の味覚
通いなれた商業ギルドに着いたけれど、今日は少しだけ気分が違った。
片栗粉を団長に気に入ってもらえて、工房まで作るとあっさり決まったのには正直驚いたけれど、ありがたい話だ。残るは、団長に言われたレシピの登録。早めにとのことだったので、早速やって来た。
受付で要件を告げると、担当の人が奥へと引っ込んだ。しばらく待つのかと思ったが、奥から聞き慣れた声がした。
「リーナさん。ちょうど良かった」
商業ギルド長であるマルセロが書類を抱えたまま受付に顔を出した。
「マルセロさん、お久しぶりです。今日はレシピの登録をお願いしに……」
「ええ、バルトロメオ様からお話は伺っております。ジャガイモのレシピですね?」
(昨日聞いたばかりなのに、もう話が通ってる)
「少し込み入った話になりますので。立ち話もなんですから、奥へどうぞ」
促されるまま、マルセロの執務室へ通された。
「――これが、片栗粉を使った料理のレシピです。卵スープ、芋もち、醤だれ。それから、肉じゃがとポテトチップス。あと、ついでにコロッケも登録させてください」
リーナはノートを広げて、一つ一つ説明を加えていった。分量、手順、火加減のコツ。マルセロは時折うなずきながら、手元の用紙に要点を写し取っていく。
「片栗粉はバルトロメオ様の方で専用の工房を立ち上げる予定で、ガードルートさんにお願いするとおっしゃっていました」
「ええ、そちらも伺っていますよ。彼女なら大丈夫でしょう」
登録の手続き自体は、思っていたよりもあっさりと片づいた。
(やっぱり話が通ってると早いなぁ……)
「これで登録は完了です」
マルセロが書類をまとめ、にこりと笑った。
――が、席を立つ気配はない。いい笑顔に少しだけ身構える。
「……ところで、リーナさん。バルトロメオ様から、アードフェストのお話は聞いていますか?」
「……アードフェスト、ですか?」
「収穫感謝祭のことです。毎年、秋の実りへの感謝と冬支度を兼ねた催しでして――この街ではアードフェストと呼んでいます」
「いえ、団長からは何も……」
「ああ、やはりまだでしたか」
マルセロは少し困ったように笑って、手元の書類をめくった。
「夏至祭とはまた趣の違うお祭りですが、今年はレオンハルト殿下のおかげで新しい作物も増えましたので、例年よりも規模を大きくしたいと考えていまして」
「アードフェスト……」
あの熱気あふれる夏のお祭りもいい思い出だけれど、豊かな食材に感謝するという秋の催しには、想像力をかき立てられるような強烈な魅力があった。
「おそらくリーナさんにも、バルトロメオ様からお声がかかると思いますよ」
「私に、ですか?」
「ええ。夏至祭を大いに盛り上げてくれた立役者でもありますからね。今度は秋の味覚を使ったお料理をお願いしたいと。カボチャ、キノコ、栗。今年はどれも出来がいいんです」
カボチャ。
キノコ。
栗。
その三つの名前が耳に入った瞬間、リーナの頭は完全に料理のことしか考えられなくなっていた。
頭の中に浮かぶのは、甘辛い煮汁でほくほくに炊き上げたカボチャの煮物。キノコはどんな種類が採れるのかわからないけれど、旨味たっぷりの炊き込みご飯は外せないし、サクサクの天ぷらも絶対に美味しい。そして栗はご飯もいいけれど、茹でて潰して、優しい甘さの栗きんとんにするのもあり。
あ、カボチャも天ぷらにしたら絶対美味しい――。
「……さん? リーナさん?」
マルセロに呼ばれて、はっと我に返った。
「あっ……すみません、少し考え事を」
「いえ。何か思いつかれたようなお顔でしたので」
穏やかな目で見られて、少し恥ずかしくなる。
「実は、今年はキノコの入荷が例年より多くなる見込みでして。栗も粒が大きいと報告が来ています」
「そうなんですか!?」
前のめりになりかけて、慌てて背筋を正す。まだ依頼が来たわけでもないのに。
「それから、カボチャも今年は街の畑でよく育っていますね。ただ、定番のスープや丸焼きばかりで、街の者も少し飽きている節があるのですが……」
(かぼちゃのスープも美味しいけど)
スープと丸焼きしかしてないなんてもったいなさすぎる。
例年より規模を大きくするアードフェスト。人がたくさん集まる祭りで新しい料理を出せば、一気に街中に広まる。その前にレシピをきちんと登録しておけば、他の屋台もギルドを通して堂々と売ることができる。団長が急がせた理由は、たぶんそういうことなんだろう。
「……マルセロさん。もしかして、団長が『早めに登録しておけ』っておっしゃったのは」
「さて。そこまではバルトロメオ様はおっしゃっていませんでしたが……」
マルセロは少しだけ口元をゆるめた。
「リーナさんには、余計な心配をせずに存分に腕を振るってほしい、ということなのでしょう」
公爵で騎士団長で、おそらく自分の想像もつかないくらい忙しい人だ。それなのに、こういう見えない気遣いを決して忘れない。
ただでさえ雲の上の人なのに、こういう見えない優しさに触れるたび、ますますこの人のために、この街のために頑張りたくなってしまう。
(全力でやらなくちゃね)
マルセロに礼を言って商業ギルドを出る。
ジュード、今日は来るだろうか。夜の仕込みもまだだし、早めに戻らないと。
(でも、その前にちょっとだけ。カボチャの様子だけ見に行っちゃおうかな)
他の屋台と一緒にお祭りを盛り上げて、街中の人たちをあっと驚かせるには――。想像を膨らませれば膨らませるほど、居ても立っても居られなくなる。
足は、もう市場の方を向いていた。




