【感謝SS】特別な日も、いつも通りの食卓で
夕方前、ちょうど仕込みを終え「ふぅ」と一息ついたところで、扉の鈴がからんと鳴った。
「リーナ! 営業終わりって聞いたけど、ちょっとだけいい?」
顔をのぞかせたのはジュードだった。後ろにはアデライン、シリル、ガレス、ルーク。全員揃っている。
「えっ……みんな? どうしたの?」
「決まってるでしょ! 今日はお祝いの日よ!」
アデラインが胸を張る。その手には、見事な花束と色とりどりのリボンが巻かれた包み。
「お祝い……?」
まだ状況が飲み込めないリーナに、ジュードがにこりと笑いかける。
「この店が、アードベルの商業ギルドで『最も人気のある店』に選ばれたんだって!」
「え……そんな、大げさな……!」
リーナは慌てて手を振るが、アデラインたちの顔はどこか誇らしげだ。腕を組んだガレスが、ぼそりと口を開く。
「そりゃ騒ぐさ。俺たちが毎日通ってる店が表彰されたんだ。嬉しくて当然だろ」
「それに――」
ルークが困ったように笑う。
「さっき、副団長に呼び止められて、『君たちは訓練が終わるとすぐ店に行くんだね。私はまだ一度も行けてないのに』って、すごく遠い目で言われました」
「えっ」
「『訓練後の何よりの楽しみなんです』って、にっこり笑って答えておきました」
シリルが悪戯っぽく言う。
「副団長、まだ来たことないの!?」
「じゃあ今度連れて来ましょうよ! リーナの料理、絶対気に入るわよ!」
「副団長って、そんなにお忙しいんですね……」
リーナは初めて知ったように目を瞬かせた。
「それじゃ、報告だけのつもりだったから、俺たちはこれで――」
ガレスが帰ろうと身を翻しかけたとき、リーナが思わず声をかけた。
「待って! せっかく来てくれたんだから……何か食べていきませんか?」
「え、でも――」
「お祝いしてもらったお礼です。それに」
リーナは微笑んだ。
「料理を作ることが、私にとっては一番の喜びなんです」
「……リーナらしいな」
ジュードが苦笑する。
「じゃあ、遠慮なく!」
アデラインがぱっと笑顔になる。
その言葉が、リーナには何より嬉しかった。
「少し待っていてくださいね」
そう言って微笑むと、リーナは厨房へと向かった。
***
その日の夕暮れ、店のテーブルには湯気の立つ皿が並んだ。
まず、フェングリフの照り焼き。
醤と美醂酒の甘辛いたれが、肉厚の肉にとろりと絡んで、表面はつやつやと光っている。フォークで刺して持ち上げると、じゅわっと肉汁が滲み、香ばしい香りが鼻をくすぐる。一口かじれば、外はパリッと、中はふっくら柔らか。噛むたびに甘じょっぱいたれと肉のうま味が口いっぱいに広がる。
「うまっ! やっぱこれだよ、これ!」
口いっぱいに頬張ったまま、ガレスが大きく頷く。
次に、たっぷり野菜の味噌汁。
椀から立ち上る湯気に、味噌の香りと出汁の深い香りが混ざり合う。一口すすれば、ほっとする温かさ。大根の甘み、人参の優しい甘さ、そして味噌のコクが舌の上で溶け合う。具材がごろごろと入っていて、食べ応えも十分だ。
「この味噌汁……最高です」
シリルがしみじみと言う。
そして、ふっくら炊いた白米。
一粒一粒がつやつやと輝いて、ほんのり甘い香りが漂う。口に含めば、もちもちとした食感と優しい甘みが広がり、思わず目を細めてしまう。照り焼きのたれをほんの少し絡めて頬張れば――もう、止まらない。
「この白い飯、何杯でもいける……!」
あっという間に一杯目を空にしたルークが、すでにおかわりの皿を持っている。
「ルーク、それ三杯目よ」
アデラインが呆れたように言うが、その手もしっかりフォークを動かしている。
目の前で響く楽しげな笑い声と、湯気の向こうに見えるみんなの笑顔。
その光景に、ふと胸の奥があたたかく満たされるのを感じて、リーナはそっとフォークを置いた。
窓の外、夕焼けが街を金色に染めていた。
――婚約破棄で故郷を追われ、この街に来たあの日。
――それが、いつの間にか――こんなにも温かい笑顔に囲まれるようになっていた。
「リーナ、どうした? 泣きそうな顔して」
ジュードが心配そうに覗き込む。
「ううん、何でもない」
リーナは首を振って、微笑んだ。
「ただ――この場所を選んでよかったなって」
「こっちのセリフだよ」
ガレスがぼそりと言う。
「リーナがこの街に来てくれて、本当によかった」
「そうよ! 私たちの方こそ、感謝してるんだから!」
アデラインが力強く頷く。
「これからも、よろしくお願いします。みんな」
そう言って微笑むリーナの声は、湯気とともに、穏やかに店の中へ溶けていった。
そして――
「あ、ルーク。それ私のおかわり」
「え、でも俺が先に――」
「いいから返しなさい!」
賑やかな声が、また店内に響き渡る。
いつも通りの、特別な食卓。
それが、リーナにとって一番のごちそうだった。
記念SS、お楽しみいただけましたでしょうか。
改めまして、このたびは「MFブックス異世界小説コンテスト」での特別賞を受賞いたしました。
皆様への「ありがとう!」を詰め込んだ、ささやかなお祝いのお話でした。 リーナたちの幸せそうな顔が、皆様にも少しでも伝わっていたら嬉しいです。
いつも本当にありがとうございます! これからも全力で頑張ります!




